他社の事例を読むと、何を導入したかは分かります。しかし自社で同じものを入れても同じようにはなりません。順序が違うからです。この記事は、公的な事例集に記録されている2社です。従業員10〜20名で、専任のIT担当がいない事務系の会社に向けて書いています。
2社に共通していた順序
業種も規模も違う2社が、同じ順序を取っていました。ツールを入れる前に運用のルールを決め、デジタルが得意な人ではなく苦手な人から着手しています。順序が逆になると、ツールは入っているのに使われない状態になります。得意な人から広げると、苦手な人のところで止まったまま、使う人と使わない人に分かれます。以下、2社が実際に何をしたかを出典の記載どおりに示し、事務系の会社に移せる部分と移せない部分を分けます。
何から始めるかで止まるのは、人数の少ない会社です
中小企業基盤整備機構が2025年12月に全国1,000社へ行った調査では、DXに取り組むうえでの課題として「何から始めてよいかわからない」を挙げた企業が全体で13.9%でした。ところが従業員20人以下の522社に絞ると20.9%へ上がり、21人以上の470社では6.0%にとどまります。入口で止まるという課題は、人数の少ない会社に偏っています。
| DXに取り組むうえでの課題 | 従業員20人以下(n=522) | 従業員21人以上(n=470) |
| 何から始めてよいかわからない | 20.9% | 6.0% |
| 予算の確保が難しい | 28.1% | 23.6% |
| 具体的な効果や成果が見えない | 22.5% | 20.2% |
| ITに関わる人材が足りない | 21.1% | 36.4% |
出典: 中小企業基盤整備機構「中小企業のDX推進に関する調査(2025年)」(2026年2月公表/調査期間 2025年12月5日〜18日/全国の中小企業1,000社へのWebアンケート/確認日 2026年9月8日)。人材の不足は21人以上のほうが強く出ており、入口で迷う課題とは分布が逆を向いています。読者の規模では、道具の不足より着手順序のほうが先に効いてきます。
扱う2社
| 項目 | 株式会社ティル | 城善建設株式会社 |
| 所在地 | 東京都豊島区 | 和歌山県和歌山市 |
| 従業員数 | 11名 | 40人 |
| 業種 | グラフィックデザイン | 宅地造成・注文住宅の設計施工、一般土木 |
| 設立 | 1983年3月 | 1993年6月 |
| 取り組みの時期 | 1996年から段階的 | 2018年開始 |
出典: 東京商工会議所「デジタル化支援」事例 vol.6(掲載日の記載なし/確認日 2026年9月1日)、J-Net21「中小企業とDX」(中小機構/2023年3月6日掲載/確認日 2026年9月1日)ティルは従業員11名で、読者の規模と重なります。城善建設は40人で2〜4倍あり、後述する1対1の指導を全社に回せる人員の前提が違います。
2社が動いたのは、3段階のうちどこか
同じ調査は、DXを3つの段階に分けて説明しています。紙の作業をデジタルへ置き換える「デジタイゼーション」、業務フローやプロセス全体をデジタル化する「デジタライゼーション」、デジタル技術で新しい付加価値を生みビジネスモデルを変える「デジタルトランスフォーメーション」の3つです。この区別を理解していると答えた企業は49.2%で、全体のほぼ半数にとどまりました。
既に取り組んでいる189社の進み具合は、デジタイゼーションが32.3%、デジタライゼーションが32.8%、デジタルトランスフォーメーションが27.0%でした。この記事で扱う2社の内容も、大半は前半の2段階に入ります。経理書類の電子化フォーマットとクラウドストレージへの集約は紙の置き換えにあたり、情報共有のルールと業務管理システムの連携は業務フロー側です。事業のかたちを変えた話ではないため、読者が最初に着手する範囲もここだと考えて差し支えありません。
ティルがやったこと(11名・デザイン)
着手前の状態として、残業の多い業界で残業削減と休暇取得の促進が必要だったこと、子育て中の従業員3名を含む働き方の改善が課題だったこと、在宅勤務の環境が未整備だったことが記載されています。実施した内容は次のとおりです。
進行中の仕事のデータを一括で管理するルールを確立しました。社員と家族の誕生日を休暇にする制度を作る。情報共有のルールを徹底し、進行状況のコメント記載と、修正箇所・日付の明記を求めています。リモートアクセスのサービスを導入し、スマートフォンを社員に支給した。ビジネスチャットを導入して、スケジュールとタスクを管理しています。執務フロアを縮小し、出社の割合を約3割にする。経理書類の電子化フォーマットも整備しました。順番に注目します。1と3がルールで、4以降がツールです。データの置き場所と、共有するときに何を書くかを先に決めています。
結果として、残業時間がほぼゼロのまま業務効率を維持し、出社の減少で事務所経費を削減したと記載されています。ただし削減時間も削減額も、費用も、出典に数値の記載はありません。
城善建設がやったこと(40人・建設)
着手前は、顧客情報や図面が個人のパソコンに蓄積され、持ち主しか見られない状態でした。紙の業務が多く、パソコンが壊れたときに情報が消える危険と、機会の損失が生じていたと記載されています。
2018年に取り組みを始め、クラウドストレージ、業務管理システム、ビジネスチャットの3つを連携させています。この事例で目を引くのは導入の進め方です。社員への指導を1対1で行い、デジタルが苦手なベテラン社員から着手しました。出典には、この指導が一筋縄ではいかなかったとも書かれています。
結果として、申請書類の作成が最低2日から約10分になり、残業が激減して繁忙期も定時退社を実現、現場訪問数が1日3か所から5〜6か所に増えたと記載されています。
この数値は建設業の許認可書類と現場訪問のものです。事務系の会社が目標値として転用できるものではありません。
事務系に移せる部分と、移せない部分
| 内容 | 移せるか | 理由 |
| ファイルの一括管理ルール | 移せる | 置き場所を決めるだけで、業種を選ばない |
| 共有時に何を書くかのルール | 移せる | 進行状況・修正箇所・日付は事務処理でも同じ |
| クラウドストレージ、ビジネスチャット | 移せる | 内勤の情報共有に置き換えられる |
| 経理書類の電子化フォーマット | 移せる | 事務系の中心にあたる |
| 苦手な人から1対1で始める順序 | 移せる | 人数が少ないほど実行しやすい |
| 執務フロアの縮小 | 移せない | 賃貸契約の条件が前提になる |
| 現場へのタブレット導入 | 移せない | 対応する業務がない |
| 申請書類の短縮幅 | 移せない | 建設業の許認可書類に固有の数値 |
移せる側だけを見ると、どちらの会社も置き場所と書き方を決めてから、道具を入れています。
苦手な人から始める理由

ここからは当方の見解です。出典に理由は書かれていません。
得意な人から始めると、その人は自分で工夫して使えるようになります。うまくいったように見えますが、そこで得られるのは「使える人が使えた」という事実だけです。苦手な人が詰まる箇所は、まだ何も分かっていません。
苦手な人から始めると、最初に詰まる箇所が全部出てきます。そこを解いたルールは、他の全員に通用します。順序を逆にすると、最後に残った人のところで止まり、そこから先に進まなくなります。
この点は、導入したのに使われない状態の分析とつながります。詳しくはAIを入れたのに使われないで扱っています。
ルールを先に決めると、何が変わるか
2社が先に決めたのは、置き場所と書き方でした。順序を逆にした場合と比べると、違いは3つ出ます。
| ルールが先 | ツールが先 | |
| 移行のとき | 置き場所が決まっているので、そのまま移せる | 個人ごとの置き方をツールへ持ち込む |
| ツールを替えるとき | ルールは残る。次の製品でも同じ運用ができる | ツールと一緒に運用も消える |
| 使わない人が出たとき | ルール違反として指摘できる | ツールを使うかどうかの好みの話になる |
3つ目が実務では効きます。置き場所を決めていないと、共有フォルダに置かない人を注意する根拠がありません。ツールを入れただけでは、使う人と使わない人に分かれます。
ティルが情報共有のルールとして挙げているのは、進行状況をコメントで書くこと、修正箇所と日付を明記することの2点です。どちらも道具に依存しません。紙でも表計算でも成立します。
城善建設の着手前の状態は、顧客情報や図面が個人のパソコンにあり、持ち主しか見られない状態でした。これはツールが無かったからではなく、置き場所が決まっていなかったからです。クラウドストレージを入れても、置き場所を決めなければ同じことが起きます。
先に決める3つと、決めていないときに起きること
2社の記載から取り出せるルールは、どれもツールを買わずに決められるものです。決める対象は3つに絞れます。どこに置くか、共有するときに何を書くか、いつ誰が見直すか。順に並べると次のようになります。
| 決めること | 2社での該当箇所 | 決めていないと起きること |
| どこに置くか | ティルの進行中データの一括管理、城善建設のクラウドストレージへの集約 | 同じ資料が個人のパソコンと共有先に分かれて残る |
| 共有するときに何を書くか | ティルの進行状況コメント、修正箇所と日付の明記 | 最新版がどれか判別できず、開いた人が確認に戻る |
| いつ誰が見直すか | 出典に記載なし | 決めた直後だけ守られ、数か月で元の置き方へ戻る |
3つ目は2社の出典に書かれていないため、当方の見解として補いました。置き場所と書き方を決めても、見直す人と時期を決めなければ元へ戻ります。ここまでは費用が発生しないので、ツールの比較検討と並行させる必要はなく、先に済ませてしまえます。
出典に数値があるか
| 知りたいこと | ティル | 城善建設 |
| 費用 | 記載なし | 記載なし |
| 削減時間 | 記載なし | 申請書類 2日→約10分 |
| 各施策の所要期間 | 記載なし | 記載なし |
| 指導にかかった工数 | — | 記載なし |
| ツールを選んだ理由 | 記載なし | 記載なし |
費用はどちらにも記載がないままです。この2社を根拠に自社の予算を組むことはできません。取り出せるのは順序です。
進めた後に出てきた課題
ティルの出典には、テレワークが進んだ後に新しい課題が出たことが記載されています。孤独感・孤立感への対応が必要になり、特に一人暮らしの社員の精神的なケアが課題になったこと。もうひとつは通信環境で、状態が悪いとオンライン会議や共有サーバへの接続が途切れることです。
これは失敗ではなく、進んだ結果として出てきた課題です。公表される事例では、この段階まで書かれているものは多くないのです。対処の内容は出典に記載がないため、ここでは扱えません。
1対1の指導を、10〜20名でどう回すか
城善建設は40人で1対1の指導を実施しています。人数が半分以下の会社では、むしろ実行しやすい方法です。ただし出典には、指導にかかった工数も進め方も記載がありません。
以下は当方の見解です。少人数で回す場合、順序は次のようになります。
操作にいちばん不安がある人を1人選びます。その人が実際にやる作業を、一緒に画面を見ながら1回通す。詰まった箇所はその場で書き留めます。書き留めた内容をもとに、手順を1枚にまとめる。次の人には、その1枚を渡してから始めてもらいます。
3が要点です。詰まった箇所は、教えている最中にしか見えないものです。後から「分からないところはありますか」と聞いても出てきません。
この方法は時間がかかります。10名なら10回分です。ただし得意な人から始めて全員に配る方法と比べたとき、最後に残る人の数が違います。
よくあるご質問
11名の会社と40名の会社で、同じ順序でよいのですか
着手の順序は共通して使えます。2社は業種も規模も違いますが、どちらもツールより先に運用ルールを決めています。一方で、1対1の指導をそのまま真似できるのは人数が少ない側だけです。人数が増えると、教える側の時間が先に足りなくなります。
ルールを先に決めると、着手が遅くなりませんか
決める範囲を「どこに置くか」「誰が直すか」「いつ見直すか」の3点に絞れば、着手前に決め切れます。逆にした場合、ツールを入れた後で置き場所が分かれ、同じ資料が複数の場所に残ります。戻す作業のほうが時間を取られます。
デジタルが苦手な人から始めると、進みが遅くなりませんか
最初の1業務は遅くなります。ただし苦手な人が使える手順は、他の人がそのまま使えます。得意な人から始めると、その人しか回せない手順が残り、二人目で止まります。
2社の順序をそのまま置き換えると、最初にやることは2つです。共有ファイルの置き場所を1か所に決めること。そして共有するときに何を書くか(更新日、担当、状態)を決めることです。どちらもツールを買わずにできます。
そのうえで導入に進む場合、最初に教える相手は、社内でいちばん操作に不安がある人になります。
業務の記録から始める場合は業務棚卸し表の作り方、事例が自社に当てはまるかの判定は中小企業のDX事例は自社に当てはまるかで扱っています。
着手の順序に迷う場合は、お問い合わせからご連絡ください。
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