AIを使うと仕事が速くなる、という話の裏で、使い方によって結果が変わることを示した研究があります。従業員10〜20名で、社内へのAI利用の広げ方を考えている担当者に向けて書いています。
先に結論
実験で差が出たのは、AIを使ったかどうかではなく使う順序でした。自分の頭だけで作業した後にAIを使った群では記憶をより良く想起でき、最初からAIを使った群では、直後に自分の文章を正確に引用する力が比較的低い結果になっています。社内での運用に落とすと、白紙から書かせるのではなく、要点を人が先に決めてから渡すという順序になります。順序を変えるだけなので、費用も手間もかかりません。ただしこれは小論文の執筆作業を対象にした実験です。すべての業務に当てはめられる結果ではありません。後半でその範囲を書いています。
この記事で扱うこと
実験がどう設計されていたか。何が測られ、どんな差が出たか。この結果をどこまで社内の運用に使えるか。使う順序を変えるための、具体的な手順。この4つを扱います。
実験の設計
令和8年版情報通信白書が紹介している、MIT Media Lab等のチームによる研究です。参加者を3つの群に分け、小論文の執筆作業を3回行わせました。
| 群 | 1〜3回目に使ったもの | 4回目に使ったもの |
| LLM群 → LLM-to-Brain | 生成AIの大規模言語モデル(LLM) | 何も使わない |
| 検索エンジン群 | 検索エンジン | (記載なし) |
| Brain-only群 → Brain-to-LLM | 何も使わない(自分の頭だけ) | LLM |
実験中は参加者の脳波や神経活動を測定し、作成された小論文は人間および特別に構築したAIによって評価されました。作業終了後には参加者へのインタビューも実施されています。設計として重要なのは、途中で条件を入れ替えている点です。ずっとAIを使った群とずっと使わなかった群を比べるだけでなく、順序を逆にしたときにどうなるかを見ています。
研究チームは、この蓄積を認知負債(cognitive debt)と呼んでいます。目の前の作業を楽に片付ける代わりに、後から取り出せる記憶や、自分で組み立てる働きのほうを先送りにする、という意味づけです。4回のセッションは4か月にわたって行われました。研究チームの公開ページも、期間を 4 sessions, which took place over 4 months と説明しています。1日で終わる実験ではありません。
この研究の規模と、査読の状況
白書が紹介している研究ですが、規模と位置づけは先に知っておいたほうがよいでしょう。当初60名を募集し、3回目までのデータが報告されているのは54名です。条件を入れ替えた4回目まで終えたのは18名にとどまります。募集先はボストン近郊の5つの大学で、年齢は18歳から39歳、平均22.9歳でした。学生を中心とした、限られた層での結果ということになります。
もう一つ、この論文は査読を経ていません。arXivで公開されているプレプリントで、論文PDFの表紙と各ページに Preprint, under review と記されています。MIT Media Lab の研究概要ページも、結論はすべて予備的なものとして慎重に扱われるべきだと明記しました。社内の方針を決める根拠に使うのであれば、この点を伏せずに共有してください。
数値として最も分かりやすい差が出たのは、1回目の直後に自分の文章を正確に引用できるかを聞いた場面でした。LLMを使った群では18名中15名、割合にして83.3%が正しく引用できていません。検索エンジンの群と自分の頭だけの群は、いずれも18名中2名、11.1%にとどまりました。論文はこの差について p<.001 と報告しています。
出た差
| 観察された項目 | 結果 |
| 記憶の想起 | 自分の頭だけで作業した後にLLMを使った群(Brain-to-LLM)では、記憶をより良く想起できた |
| 神経活動 | 同じ群で、後頭・頭頂領域及び前頭前野にまたがる広い領域で神経活動の再活性化が示された。検索エンジンを使用した群でも類似のパターンが観察された |
| 神経結合 | 最初からLLMを使用した群では、脳内の神経結合が比較的に弱いことが示された |
| 自分の文章を引用する力 | 最初からLLMを使用した群では、執筆直後の自分の文章を正確に引用する力が比較的低かった |
| 自己の成果だという感覚 | 最初からLLMを使用した群で最も低く、検索エンジン群は比較的高いが、Brain-only群には及ばなかった |
| 条件を入れ替えた4回目 | 最初からLLMを使っていた群(LLM-to-Brain)が自分の頭だけで書いたときは、神経結合が弱く、アルファ波とベータ波のネットワークの関与も低いままだった |
検索エンジンを使った群が、AIを使った群ではなく自分の頭だけの群に近い結果を示している点が、この実験の含意を分かりやすくしました。道具を使ったかどうかではなく、自分で組み立てる過程を通ったかどうかで差が出ています。
社内で何が問題になるか
自分の成果だという感覚が低い、という結果は、実務では次の形で出てきます。
| 場面 | 起きること | 困る理由 |
| 社外へ出した文書について質問された | 作成者が内容を説明できない | その場で答えられず、持ち帰りになる |
| 同じ業務を次回行う | 前回の判断の理由が本人にも残っていない | 毎回ゼロから作ることになる |
| 担当者が異動・退職する | 引き継ぐ内容が文書の形でしか残らない | なぜそうしたかが失われる |
| 誤りが見つかった | 誰の判断だったかが曖昧になる | 同じ誤りが再発する |
これは効率が落ちる話ではありません。速くなった分、後から取り出せる知識が減るという話です。
順序を変えるための手順
白紙から書かせない、という1点だけを決めます。何を伝える文書かを、人が1行で書きます。入れる要点を、人が3つまで書き出す。その1行と3項目を渡して、AIに文章化させます。出てきた文章を、要点と照らして確認する。
1と2にかかるのは数分です。この数分を省くと、出てきた文章を読んで判断する側になり、実験でいう最初からLLMを使う群と同じ入り方になります。社内で共有するときは、この1行と3項目のほうを残します。文章そのものより、何を伝えたかったかの記録のほうが次に使えます。指示文の残し方は社内で使う指示文をどう残すかで扱っています。
この結果を当てはめられない範囲

実験の対象は小論文の執筆作業です。次のような業務に、そのまま当てはめることはできません。
決まった書式への転記や整形は、組み立てる過程がそもそもありません。議事録の文字起こしは、内容を考える作業ではない。表記のゆれの統一は、判断が機械的に決まります。
また、この研究は参加者の記憶や神経活動を測ったものであり、業務の成果や品質が下がることを示したものではない、という点です。作成された小論文の評価結果について、白書は品質が低かったとは記載していません。
白書自体も、この研究をネガティブな影響を指摘する研究例として紹介する一方で、別の項でAIの利用がポジティブな影響をもたらすと指摘する研究例を挙げています。片方だけを根拠に社内方針を決めると、判断が偏ります。
著者自身も一般化には慎重です。結果は教育の場での小論文執筆というタスクに強く依存しており、他のタスクへ一般化できるとは限らない、と限界の節に書かれています。実験に使われたのはChatGPTだけで、他のLLMへそのまま当てはめられるかは検証されていません。長期的な影響を確かめるには縦断的な研究が必要だ、というのが著者の結び方です。
よくあるご質問
AIを使うのをやめたほうがよい、という話ですか
違います。実験で記憶の想起が良かったのは、自分で考えた後にLLMを使った群です。使わなかった群ではありません。使い方の順序を示した結果として読むのが適切です。
社内でこれを説明しても、面倒だと言われそうです
研究の話から入ると伝わりにくくなります。社外へ出した文書について質問されたとき、作成者が答えられるかどうか、という具体的な場面から入るほうが早いです。要点を先に3つ書くだけ、という手順の軽さも一緒に伝えます。
議事録やメールの下書きにも、この順序が必要ですか
議事録の文字起こしのように、内容を組み立てる作業が含まれないものには当てはまりません。判断や説明が入る文書、つまり後から理由を問われる可能性があるものだけを対象にすれば十分です。
報道で見た「脳の活動が何%低下」という数値は、この研究のものですか
論文の要旨にも、研究チームの公開ページにも、割合の数値は示されていません。書かれているのは、自分の頭だけの群が最も強く広いネットワークを示し、検索エンジンの群が中くらい、LLMを使った群が最も弱かった、という順序の比較です。社内の資料へ引くときは、その数値がどこに書かれたものかを先に確かめてください。
出典
- 総務省「令和8年版 情報通信白書」第Ⅰ部第3章第1節 AIに頼ることがネガティブな影響をもたらすと指摘する研究例 2026年9月1日確認
- Nataliya Kosmyna, et al.(2025)”Your Brain on ChatGPT: Accumulation of Cognitive Debt when Using an AI Assistant for Essay Writing Task”(arXiv:2506.08872)。査読前のプレプリント(論文PDFの各ページに Preprint, under review と記載) 2026年9月4日確認
- MIT Media Lab「Your Brain on ChatGPT」研究概要(brainonllm.com)。4回のセッションを4か月かけて実施したこと、査読前であり結論は予備的なものとして扱うべきことを記載 2026年9月8日確認
今日やること
次にAIで文書を作るとき、書かせる前に要点を3つ手で書きます。それだけで順序が変わります。書き出せない場合、その文書はまだ内容が決まっていない状態です。
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