この記事は、属人化を解消したいが具体的に何をすればよいか分からない、10〜20名の会社の経営者と管理部門に向けたものです。扱うのは、公的機関が公表している実在企業の記録と、同じ資料に載っている調査結果です。自社に当てはめるときの条件まで書きます。
言葉の意味と、何が悪いのかの切り分けは属人化とはに、棚卸しの進め方は属人化を解消する業務棚卸しの進め方にあります。この記事で見るのは、実際に手を動かした会社の順序です。
結論:手順書を作る前に、教え方を変えている
属人化の解消というと、手順書やマニュアルを作る話になりがちです。ところが公表されている事例を読むと、順序が違っている。先に変えているのは、教え方そのものです。口頭で伝えていたものを、誰が見ても同じ内容になる形へ置き換える。その結果として、手順書が成果物になっています。
もう1つ共通しているのが、人を増やす方向と同時に進めている点です。1人しかできない業務を文書にしても、できる人が増えなければ状態は変わりません。属人化が解けたかどうかは、文書の有無ではなく、代われる人が何人になったかで測れます。
以下では、2026年版の中小企業白書に載った1社の記録を追い、そのあとで同じ白書の調査結果と突き合わせます。1社の事例だけでは一般化できないため、調査の側で裏が取れる部分と、取れない部分を分けて書きます。
事例|70名で121名ぶんを回す旅館(福井県・株式会社清風荘)
2026年版中小企業白書の事例2-3-4に、株式会社清風荘が紹介されています。福井県あわら市で創業70年を超える温泉旅館を営む企業で、従業員数70名、資本金5,000万円、事業内容は宿泊業と記載されている。
白書によれば、2023年に実務を取り仕切る伊藤将太取締役がUターンで入社した当時、現場は低賃金で拘束時間が長く、重労働が常態化する状況でした。旅館業は3年以内の離職率が高いといわれ、県内の人口減少と高齢化も進む中で、人材確保への危機感が出発点になっています。
最初に手を付けたのは勤務シフトの構造
同社の勤務は、早朝出勤からチェックアウトまで働き、次のチェックインまで休憩するという形でした。白書は、この5時間の中抜け休憩が従業員の長時間拘束につながり、中抜け時間に外注していた清掃業務が利益率を下げていた、と記しています。問題は人ではなく、シフトの組み方の側にありました。
対応として清掃を内製化し、一人の従業員が清掃、フロント、調理補助も対応する多能工化を進めています。その結果、早朝から勤務して清掃を終えて退勤する、チェックインから夕食の調理補助を担当して退勤する、といった連続勤務のシフト制に変わりました。拘束時間の短縮と利益率の改善を同時に狙った形です。
口頭指示を、全業務の動画マニュアルへ置き換えた
多能工化を実現するために何をしたかが、この事例の中心です。白書は「属人的かつ口頭指示に頼りがちだった教育体制を改め、全ての業務に動画マニュアルを整備」したと記しています。さらに、新任者でも動画を見れば一人で対応できるほど具体的な内容にした、とも書かれている。
ここが、文書を作った話との違いです。紙の手順書は、書いた人の頭の中にある前提が抜け落ちます。動画は手の動きと順序がそのまま残るため、書き手が省略した部分も映ります。属人化の正体が「言葉になっていない判断」であることを踏まえると、この選択は理にかなっています。
結果として、白書は従業員70名がサービス品質を維持したまま、フロントや客室清掃、レストランなど全ての業務をこなせるようになったとしています。代われる人が0人だった業務が、70人になった状態です。
出ている数字と、出ていない数字
この事例には珍しく、複数の数値が記載されています。ただし、何の数字が載っていて何が載っていないかを分けて読む必要があります。
| 白書に載っている | 内容 |
| 必要人数の差 | 旅館業の1日当たりの適正従業員数は客室数の約1.1倍といわれ、同社の場合121名。これを70名で回していると取締役が語っている |
| 営業利益率 | 2024年度の営業利益率は前期から約5%上昇 |
| 初任給 | 2025年の初任給は2023年比で約13%増 |
| 採用と定着 | 2023年以降に10名以上の新入社員を採用。現時点で一人も離職者が出ていない |
一方で、載っていないものもあります。動画マニュアルの整備にかかった期間と費用、何本作ったか、誰が撮影したか。多能工化の途中で現場がどう反応したかも書かれていません。自社で同じことをやる場合の工数は、この記録から読み取れない。
もう1点、注意が要ります。同社は賃上げを先に行っており、省力化投資も並行しています。白書は営業利益率の上昇を「一連の取組」の結果としており、多能工化だけの効果として分離していません。動画マニュアルを作れば利益率が5%上がる、とは読めない構造です。
1社の話が、調査の側でどこまで裏付くか

同じ白書の調査結果と突き合わせると、この事例の順序が例外でないことが分かります。白書は、多能工化・兼務化を行うことは業務の属人化防止や業務量の平準化、業務の効率化に寄与すると考えられる、と位置づけています。属人化への対処として、国の資料が人の配置を挙げている点が要点です。
取組状況も出ています。第2-3-9図では、全体の約半数の事業者が多能工化・兼務化に「取り組んでいる」と回答しました。業種別に見ると、製造業と宿泊業・飲食サービス業では過半数です。清風荘は宿泊業なので、業界の中では標準的な取組をしていることになります。
有効だった取組の1位は、マニュアルではない
第2-3-10図は、多能工化・兼務化に取り組む上で有効だった取組を聞いています。回答が最も多かったのは「従業員スキルの可視化」で、次に「業務マニュアルの作成・整備」、「研修・勉強会等の実施」が続きました。マニュアルは2番目です。
この順序は、手を付ける順番として読めます。誰が何をできるかを先に並べると、代われる人が0人の業務が浮かび上がる。あとはそこだけマニュアルを作れば足りる。全業務を一度に文書化しようとして途中で止まる、という失敗を避けられる順序です。
ただし清風荘は全業務の動画マニュアルを整備しています。70名の旅館で業務の種類が限られていること、多能工化の対象が全員だったことが背景にあると読めますが、白書にその理由は書かれていません。規模と業態が違えば、同じ範囲でやる必要はない。
10〜20名の会社が真似できる部分
この事例から持ち帰れるものと、規模が違うため当てはまらないものを分けます。70名と15名では、使える手が変わります。
| 真似できる | 当てはめにくい |
| 口頭で教えている業務を、撮って残す | 全業務の動画マニュアルを一度に整備する |
| 誰が何をできるかを一覧にしてから、対象を選ぶ | 全員が全業務をこなせる状態を目標に置く |
| 勤務の組み方そのものを疑う | 清掃の内製化のような、業態固有の打ち手 |
最も手を付けやすいのは1行目です。次に誰かへ教える場面が来たとき、スマートフォンで撮っておく。それだけで、3人目に教えるときの手間が消えます。属人化の解消を企画として立ち上げる必要はなく、日常の中に1つ動作を足す形から始められます。
撮る対象は、代われる人が0人の業務に絞ります。選び方は業務棚卸し表の作り方の9項目にある代替可能性の欄が使えます。標準化の進め方そのものは業務標準化の進め方に整理しました。
AIを足すと、記録の手間が下がる
動画や口頭の説明を文章に残す作業は、やる気があっても後回しになります。生成AIを使うと、この部分の負担が実際に下がりました。順序としては、記録を取る方法を変えてから、整える作業を機械に任せる形になります。
| 作業 | 渡すもの | 出てくるもの |
| 手順書の下書き | 作業しながら口頭で説明した内容の文字起こし | 番号を振った手順の文章。本人が確認して直す |
| 抜けの指摘 | できた手順書と、想定する読み手の前提知識 | 説明が飛んでいる箇所、前提が書かれていない箇所 |
| 引き継ぎ資料の整理 | 過去のやり取りや相談の記録 | 経緯と、未決のまま残っている判断の一覧 |
2番目が効きます。手順書を書いた本人は、自分が省略した前提に気づけません。第三者に読ませるのが本来ですが、人数の少ない会社では読む人を確保できない。機械に読ませて抜けを挙げさせ、本人が判断する形にすると、二人目テストの前段階が1人で回ります。
渡してよい情報には線引きが要ります。手順書に顧客名や単価が入っている場合は、その部分を外してから渡します。入力の整理は生成AIへ入力してはいけない情報にあります。AIに任せる範囲の決め方はAIに向いている業務の見分け方に書きました。
公的資料の事例:従業員11名の会社が、データの置き場とルールだけを変えた
規模が近い事例として、東京都豊島区のティルがあります。従業員11名のグラフィックデザイン会社で、残業の削減と休暇の取得を課題にしていました。実際にやったことのうち、設備ではない部分が参考になります。進行中の仕事のデータを1か所で一括管理するルールを決め、情報共有のルールとして進行状況のコメント記載と、修正箇所と日付の明記を徹底しました。そのうえでビジネスチャットでスケジュールとタスクを管理し、出社の割合は約3割になっています。残業時間はほぼゼロのまま業務効率を維持したとされており、削減時間や削減額の数値は出典に記載がありません(東京商工会議所「中小企業のデジタル活用・DX事例集」、掲載日の記載なし、2026年9月1日確認)。
従業員11名という規模は、想定している読者とほぼ重なります。業種はデザインで、扱う成果物は違うものの、「誰がいつどこを直したか」が残らないと引き継げない点は事務の仕事と同じです。なお同社では、テレワークが進んだ後に別の課題が出ています。一人暮らしの社員の孤独感への対応と、通信状態が悪いときに共有サーバへの接続が切れる問題です。属人化を解消する側の施策が、別の属人的な負担を生まないかも見ておく必要があります。
よくあるご質問
動画マニュアルは、どう作ればよいですか
最初から編集した動画を目指す必要はありません。教えている場面をそのまま撮り、共有の場所へ置くところから始められます。清風荘の事例で白書が評価しているのは画質や編集ではなく、新任者が一人で対応できるほど具体的である点でした。
本人が協力してくれない場合はどうしますか
抱え込んでいるように見えても、評価や制度の側に理由があることが多いものです。切り分け方は属人化をわざと作る人がいるときで扱いました。教える時間が勤務時間として認められているかを、先に確かめます。
どこまで解消すれば終わりですか
全業務を標準化する必要はありません。1週間止まって困る業務で、代われる人が0人のものが無くなれば、当面の危険は消えます。年に1回しか発生しない業務や、判断に経験が要る業務は残してよい部類に入ります。
出典
- 中小企業庁「2026年版 中小企業白書」第2部第3章第2節 人材活用の取組(事例2-3-4 株式会社清風荘、第2-3-9図、第2-3-10図) 2026年10月19日確認
次に教える場面を、撮るところから
当方なら、代われる人が0人の業務だけを撮る
ここから先は当方の見解で、白書に書かれていることではありません。属人化の相談で全業務のマニュアル化から入ると、まず終わりません。当方が勧めるのは、誰が何をできるかを一覧にして、代われる人が0人の業務だけを対象にする進め方です。多くの会社で全体の1〜2割に収まります。
記録の取り方は、文章より撮るほうが続きました。口で説明している場面をそのまま残せば、書き手が省略した前提も映ります。棚卸しから、残してよい属人化の線引きまでを一緒に進めるのはAX/DXコンサルティングの範囲です。
この事例で最も移しやすいのは、教え方を変える一点です。次に誰かへ何かを教えるとき、口で説明する代わりに撮っておく。それだけで3人目の手間が消えます。どの業務から手を付けるかの切り分けや、残してよい属人化の線引きで迷う場合は、お問い合わせから相談できます。
HVLなら、事例の順序だけを自社の工程へ当てる
以下はHVL(ハイ・ヴァーチュ・ラボ)の見解です。属人化の事例は、業種と規模が自社と違うほど数字が使えなくなりますが、着手の順序は残ります。口頭の指示を書き物に変えた、代替者がいない業務から手を付けた、という順序は業種に依存しません。HVLが写すのはここだけです。
順序を当てるには、自社のどの業務が同じ形かを特定する作業が必要です。HVLのAI活用プロパートナーでは、方針整理の段で対象業務と優先順位を整理し、定着まで続けて見ます。
ここまでの整理を踏まえて、無料診断で現在の段階を確認できます。
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