業務のやり方を変えようと持ちかけたとき、「いまのままで困っていない」と返ってくることがあります。ここで話が止まってしまう。この記事は、従業員10〜20名の会社で改善を進める立場の人に向けたものです。反対している人が、その業務の唯一の担当者であることを前提にしています。
抵抗ではなく、申告として受け取る
抵抗として扱うと、次の手が説得になる
「困っていない」を抵抗として扱うと、次の手は説得になります。説得を始めた時点で、確かめる工程が飛びます。先にやるのは確認です。その業務が実際に困っている状態かどうかは、聞き方を変えれば1回の面談で分かります。確かめた結果は3つに分かれます。本当に困っていない、困っているが言えない、困っている自覚がない。手の打ち方はそれぞれ違います。
本当に困っていないなら、見送りは対象の選び直し
そして、本当に困っていない場合は改善を見送ります。見送りは負けではなく、対象の選び直しです。
返ってくる言い方は「困っていない」だけではない
返ってくる言い方は「困っていない」だけではありません。忙しい、前に同じ仕組みで失敗した、取引先の様式が決まっている、という形でも返ってきます。どれも説得の対象に見えますが、確かめるべき事実は言い方ごとに違います。先に確かめる対象を決めておくと、面談が説得の場になりません。
| 返ってくる言い方 | 先に確かめること | 確かめずに説得へ進んだ場合 |
| いまのままで困っていない | 作業時間と、先月やり直しになった件数 | 把握している負担も、把握していない負担も、どちらも表に出ない |
| 忙しくて手が回らない | その業務にかかっている時間と、誰かの返事を待っている箇所 | 着手時期の相談に変わり、負担の中身が最後まで分からない |
| 前に同じことをやって失敗した | そのとき何が起きて、どこで止まったか | 同じ条件のまま二度目に入り、同じ場所で止まる |
| 取引先の様式が決まっている | 変えられない範囲と、変えられる範囲の境目 | 実行できない計画のまま合意を求めることになる |
どの言い方でも、失われるのは時間と件数という事実
右の列は、確かめずに説得へ進んだ場合に起きることです。どの言い方でも、失われるのは同じで、時間と件数という事実だけが手元に残りません。前提を確かめないまま合意だけを取ると、着手した後に計画を組み直すことになります。聞く順番を変えるだけで、同じ15分から違うものが出てきます。
確かめる4つの質問
「困っていますか」は、本人に判定させる質問になっている
「困っていますか」と聞くと、ほとんどの場合「困っていない」と返ります。困っているかどうかを本人に判定させる質問になっているためです。事実を聞く形にすると答えが変わります。
| 聞くこと | 実際の言い方 | 回答から読み取ること |
| 時間 | この作業、始めてから終わるまでどのくらいですか | 答えられない場合、測ったことがない。負担が見えていない |
| やり直し | 先月、やり直しになったのは何件ありますか | 件数が出る場合、本人は把握している。ここが負担の中心にあることが多い |
| 待ち | この作業で、誰かの返事を待つ時間はありますか | 待ちがある場合、本人の工夫では解けない。改善の余地は本人の外にある |
| 代われる人 | 急に休むとき、この作業は誰が代わりますか | 「代われる人はいない」と出る場合、本人が困っていなくても会社は困っている |
本人が困っていないことと、会社が困っていないことは別
4つ目で、判断の材料が変わります。本人が困っていないことと、会社が困っていないことは別です。代われる人がいない業務は、本人の申告と関係なく手を付ける対象になります。ただしその場合の打ち手は自動化ではなく、代われる人を作ることです。
1つ目に答えられないなら、測る段階へ戻る
1つ目に答えられない場合、まず測る段階に戻ります。測り方は業務可視化の進め方で扱っています。待ち時間の扱いは業務改善のKPIの決め方が対応します。
4つを一度に聞かず、2つで止める方法もある
4つを一度に聞かない方法もあります。時間とやり直しの2つだけ聞き、答えが出た時点で残りを聞くかどうかを決める形です。質問が続くと調査のように受け取られるため、必要な範囲で止めます。
4つとも問題なければ、その業務は対象ではない
4つ聞いた結果、時間が短く、やり直しがなく、待ちもなく、代われる人がいる。この場合、その業務は改善の対象ではありません。対象から外し、外した理由を1行残します。残す理由は、次に同じ話が出たときに議論を再開しないためです。あわせて、どうなったら再検討するかを1つ書いておくと、次の機会に判断をやり直さずに済みます。
反対されたという理由で固執すると、人の話に変わる
外した後は、別の業務を選び直します。反対されたという理由でその業務に固執すると、改善そのものが人の話に変わります。
困っているが言えない場合の見分け方

答えの中身と態度が食い違うときは、言えない側に寄っている
答えの中身と態度が食い違うときは、言えない側に寄っています。時間を聞くと長い、やり直しの件数も出る、それでも「困っていない」と言う状態です。
言えない理由は、だいたい3つのどれか
言えない理由は、だいたい次のどれかです。困っていると言うと自分の能力の話になる。困っていると認めれば、いまの手順を作った人を否定することになってしまう。改善の結果、自分の仕事が減って評価が下がると考えている。
空いた時間の使い道を、着手前に伝えると変わる
3つ目については、先に答えを示すと変わります。空いた時間を何に使うかを、着手前に伝える形です。伝えないまま進めると、次の改善で情報が出てこなくなります。この点は削減できた時間は誰のものになるかで扱っています。
本人ではなく、その業務の前後の担当者に聞く
1つ目と2つ目には、聞く相手を変える方法があります。本人にその業務の問題を聞くのではなく、その業務の前後を担当している人に、待たされる場面を聞きます。本人を評価する形にならずに事実が集まります。
聞く場の作り方
立ち話では機能しない。15分の時間を取る
4つの質問は、立ち話では機能しません。時間を取って聞く形にします。長さは15分あれば足ります。同席者は入れないほうが答えが出ます。上司と本人の2人であっても、上司がその業務の元の手順を作った人である場合は、答えが変わります。作った人がいる場で、不便だとは言いにくい。
提案した本人が聞くと、答えが賛否に寄る
誰が聞くかを変える選択もあります。改善を提案した本人が聞くと、答えは提案への賛否に寄ってしまう。その業務の評価に関わらない人、たとえば別部門の担当者が聞くと、時間や件数といった事実だけが出やすい。聞く人を変えて答えが変わった場合は、変わったこと自体が判断の材料になります。
「やり方を変える相談」ではなく「いまどうやっているか」
場の目的は先に伝えます。「やり方を変える相談」ではなく「いまどうやっているかを教えてもらう時間」として設定すると、身構えが減ります。変えるかどうかは、聞いた後に決める順番です。
その場で数字だけ書き留める。文章にしない
聞いた内容は、その場で数字だけ書き留めます。作業時間、やり直しの件数、待ちの有無、代われる人の有無です。文章で残すと本人の評価のように読めるため、数字と事実に絞ります。この記録が、後で対象を選び直すときの材料になる。
説得を打ち切る基準
説得には期限を付ける。目印は面談2回
説得には期限を付けます。付けない場合、同じ説明を繰り返す期間が半年単位で伸びます。目印として置けるのは、面談2回です。1回目で4つの質問をし、2回目で確かめた事実をもとに提案する。それで合意に至らない場合、その業務は対象から外します。回数の区切りは会社の状況によって動きます。
打ち切ることと、関係を切ることは別
打ち切ることと、関係を切ることは別です。外すときに「いまは外します」と伝え、再検討する条件を1つ示しておくと、次の機会が残ります。その条件になるのは、件数が増えたとき、担当が代わるとき、締切に間に合わなかったときです。
担当が1人の業務では、打ち切り方が変わる
担当が1人しかいない業務では、打ち切り方が変わります。合意なしに進めれば、その人が辞めたときに誰も分からない業務が残ってしまう。この場合は改善を止め、代われる人を作る側へ切り替えます。
反対が正しかったときに計画を変える
反対の理由が事実だった場合がある
反対の理由が事実だった場合があります。前に同じ仕組みを入れて失敗している、取引先の様式が決まっていて変えられない、繁忙期に手順を変えると締切に間に合わない。いずれも計画側の問題です。
計画を変えたと伝えると、次の情報が出てくる
この場合、説得ではなく計画を変えます。変えたことを本人へ伝えると、次の情報が出てきます。反対の内容で計画が変わった経験があると、社内で問題が早く出るようになります。
過去の失敗は、何が起きたかを先に聞く
過去に失敗している場合は、そのときに何が起きたかを先に聞きます。同じ失敗を避ける条件は、そこから出てくる。立て直しの手順は中小企業のDXが失敗したときの立て直しで扱っています。
変えた内容は、本人以外にも伝える
計画を変えた場合、変えた内容を本人以外にも伝えます。伝えないと、反対した人だけが事情を知っている状態になり、別の業務で同じ検討をするときに材料が共有されません。
成果は効率化に寄るという前提
IPAの調査では、成果は業務効率化の項目で高い
IPAが2026年7月に公表した「DX動向2026」では、成果について「DXの成果の内容は業務効率化などに関する項目で高く、企業価値創出につながる項目では低い状況が続いています」との所見が示されています。回答は1,799社です。
返ってくるのは作業時間と手戻りの減少
ここからは当方の読み取りです。改善で返ってくるものは、多くの場合、作業時間や手戻りの減少です。したがって作業時間が短く手戻りもない業務では、説明できる利点がほとんど残りません。「困っていない」という返答が正しい場面が、実際に存在します。
「活用する業務がイメージできない」が最多という調査
「困っていない」という返答は、本人の問題ではなく情報の問題である場合があります。2026年版中小企業白書は、省力化投資のうちAI活用について活用する業務のイメージができずAIを活用していない事業者が存在することが見て取れた、と記載しています(2026年版中小企業白書 第2部第2章、確認日2026年10月13日)。
困っていないのではなく、変えられる対象だと思われていない
困っていないのではなく、変えられる対象として認識されていない、という状態です。この場合、困りごとを聞き出そうとしても出てきません。他社が実際に何に使っているかを先に見せるほうが、会話が動きます。
説得の場より、見せる場を作るほうが効く
同じ白書は、AI活用に当たって研修会や勉強会を併せて実施することが重要であるとも示唆しています。説得の場ではなく、見せる場を作るほうが順序として噛み合います。4つの確認を終えても反応が変わらない場合は、材料が足りていない可能性を先に疑ってください。
公的資料の事例:「社長が一人で突っ走っているだけでしょ」と言われた会社
反対の言葉がそのまま記録されている事例があります。福岡県北九州市のプーラビダは訪問看護ステーションを運営し、離職率が83.3%に達した状況からグループウェアの導入に踏み切りました。社内にIT人材は皆無で、社長が独学で使い方を覚えて事務担当の社員へ伝えています。全社員へ「来年から本格的に切り替える」と宣言したときには大きな反発があり、「今までのやり方で何がダメなのか」「社長が一人で突っ走っているだけでしょ」という声が出ました。当初は2人の社員だけが使うにとどまる状態だったと記録されています(中小機構 J-Net21「中小企業とDX」、2026年9月18日掲載、2026年10月30日確認)。
従業員30人の訪問看護で、業種は事務系と一致しません。注目したいのは、この会社が反対を説得で崩していない点です。生活に近い用途から使ってもらって抵抗を下げ、そのうえで月末の報告書作成という、全員が必ずやる負担の大きい業務で効果を体験させています。報告書の作成には利用者1人あたり1時間以上かかっていました。「困っていない」と言われたときに探すのは、相手が困っている別の業務ではなく、相手が毎回必ずやっていて、かつ時間のかかる業務です。
よくあるご質問
経営者が指示すれば進むのではないですか
指示で始まりますが、続きません。手順の細部を知っているのは担当者だけで、その部分は指示では動かせないためです。指示で進めた場合、表向きは新しい手順を使い、実際の作業は元の方法で続くという二重の状態が生まれます。この状態は、しばらく誰にも見えません。
4つの質問に答えてもらえない場合はどうしますか
その業務の前後の担当者に、待たされる場面を聞く方法があります。請求書が回ってくる時期、確認の依頼が来るタイミング。外から見える事実だけでも、待ちの有無は分かるものです。本人への質問を重ねるより早く、関係も悪くなりません。
見送ると、他の社員に「言えば通る」と思われませんか
確かめた事実をもとに外している場合は、そうなりません。4つの質問の結果を本人へ示し、対象から外す理由を説明する形にします。逆に、確かめずに引き下がった場合は、次から同じ返答で止まるようになります。差が出るのは、見送ったかどうかではなく、確かめたかどうかです。
出典
- 独立行政法人情報処理推進機構(IPA)「DX動向2026」を公開(調査期間 2026年4月17日〜6月12日、回収1,799社) 2026年8月26日確認
次の面談で1つだけ聞く
次に話す機会があれば、「急に休むとき、この作業は誰が代わりますか」から始めます。この質問だけは、本人が困っているかどうかに関係なく答えが出ます。答えが「代われる人はいない」なら、その業務は本人の申告とは別に手を付ける対象です。
確かめた結果の読み方に迷う場合は、お問い合わせから回答の内容をお知らせいただければ、対象にするかどうかを一緒に判断できます。
HVLなら、困っていないという言葉を4つに分けて聞く
以下はHVL(ハイ・ヴァーチュ・ラボ)の見解です。困っていないという返事は、抵抗ではなく、本当に困っていない場合も含みます。慣れていて苦ではない、困っているが言えない、他に優先があるという内容が混ざっています。HVLは言葉を受け取ったあと、どれに当たるかを聞き分けます。
聞き分けができれば、進める相手と待つ相手が分かれます。HVLのAI活用プロパートナーでは、現状診断で整理すべき項目を確認したうえで計画を作る流れを取ります。
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