この記事は、従業員10〜20名で経理を1〜2名が兼務し、専任のシステム担当者がいない会社の担当者に向けて書いています。会計システムの入れ替えを検討し始めたばかりで、要件も予算もまだ固まっていない段階を想定しました。
会計システム導入の手順そのもの(要件定義、ベンダー選定、データ移行、教育)は、多くの解説記事がすでに扱っています。この記事が扱うのは、その手順の合間に生じる負荷です。とくに、旧システムと新システムへ同じ伝票を二重に入力する期間をどう扱うかに焦点を当てます。この期間の上限を先に決めるかどうかで、現場にかかる負荷は大きく変わります。
扱わないことも先に書いておきます。会計基準や消費税・インボイス制度の解釈、特定の会計ソフトの優劣を比較するランキング、従業員数百名規模のERP刷新は対象外です。個人情報保護法など法令に関わる判断は、断定を避け、原典の確認を促すにとどめます。
先に結論|二重入力の許容期間を最初に決める
要件定義に入る前に、決めておくことが一つあります。旧システムと新システムへ同じ伝票を入力する二重入力の期間を、いつまで続けるかという上限です。この上限は要件定義を進める途中で決まるものではなく、要件定義に着手する前に決めておく数字です。
理由は単純です。二重入力の負荷は、導入を決めた人ではなく、実際に入力する担当者にかかります。決算や支払いの締め日は動かせないため、二重入力で増えた作業は時間外へ押し出されるほかありません。上限を決めずに始めると、負荷が増え続けても止める根拠が無いまま進むことになります。
上限の決め方は複雑にする必要はありません。「本稼働から2か月」「決算月をまたがない」など、実際に入力する担当者と一緒に一つだけ決めます。数字そのものより、決めたという事実と、確認する人を先に決めておくことが要点です。
手順1|要件定義(決める人が1人しかいない前提で進める)
要件定義は、どの解説記事でも最初の手順として挙げられています。ここで書くのは、要件定義を決める体制です。中堅企業以上を想定した解説は、経営層・システム担当・利用部門の三者で要件を詰める体制を前提にしています。しかし専任のシステム担当者がいない会社では、経理担当者1人が要件定義から運用の確認までを兼ねることが珍しくありません。
決める人が1人しかいない前提で進めるなら、確認する項目を絞り込む必要があります。次の3点に絞ると、1人でも判断が完結します。
- いま無くしたい作業は何か。機能の一覧ではなく、やめる作業を先に決める
- 締め日・決算日は動かせない前提で、切替時期をいつにするか
- 給与計算・販売管理・税理士への提出物と、データをやり取りする必要があるか
この3点を、実際に数字や言葉を入れた形で見てみます。次の表の内容は、考え方を示すための仮の値であり、実在する会社の記録ではありません。
| 項目 | 記入例 |
| いま無くしたい作業 | 請求書の金額を紙の台帳へ手書きで転記する作業 |
| 切替時期の候補 | 決算月(3月)を避け、6月の月初 |
| 二重入力の許容期間の上限 | 本稼働から2か月 |
| 税理士への提出形式 | 仕訳データをCSV形式で書き出せること |
| 決める人・承認する人 | 経理担当者1名が要件定義を担当し、承認は代表者が行う |
手順2|ベンダー選定基準と比較のしかた
ベンダー選定の基準そのもの(機能、他システムとの連携、制度改正への対応、サポート体制)は、比較サイトや解説記事でもよく挙げられています。ここで書くのは基準の一覧ではなく、比較のしかたです。
候補を3社程度に絞ったら、同じ質問を同じ順番で聞きます。質問の順番を毎回変えると、後から比較したときに答えの基準がずれます。要件定義で決めた項目は、そのまま質問票に使えます。
| 質問 | 確認できること |
| 二重入力の期間中、旧システムのデータと見比べながら入力できる画面はあるか | 移行期間の作業のしやすさ |
| 契約前に、実際のデータに近い形式で試用できるか | 導入後の齟齬を事前に見つけられるか |
| 解約するとき、データをどの形式で、いつまでに取り出せるか | やめる判断が可能かどうか |
| 制度改正(インボイス・電子帳簿保存法など)への対応は、基本料金に含まれるか | 追加費用が発生するタイミング |
価格の安さだけで選ぶと、後から費用が積み上がることがあります。基幹システム刷新の失敗事例では、安価な製品を選び、3年で入れ替えることになった記録が残っています。価格を比較すること自体は誤りではありませんが、比較のしかたを飛ばしてよい理由にはなりません。
手順3|データ移行と並行稼働の負荷を先に見積もる
並行稼働とは、旧システムと新システムを同時に動かし、同じ伝票を両方へ入力する期間です。時期の選び方(繁忙期を避ける)だけでなく、何か月続いたら負荷が大きすぎるかという基準を、結論の章で決めた上限を使って見積もります。
| 手順 | 確認すること |
| 対象を絞る | 毎月必ず発生する伝票の種類を、仕訳数の多い順に数える |
| 時間を概算する | いま1件あたりにかかっている入力時間から、二重入力の合計時間を見積もる |
| 上限と突き合わせる | 見積もった時間が、担当者の月間の空き時間と決めておいた上限に収まるか確認する |
| 収まらない場合の対処 | 対象を主要な勘定科目に絞るか、正本をどちらか一方に決める |
収まらない場合の対処は主に二つです。一つは、二重入力の対象を全伝票ではなく主要な勘定科目だけに絞ること。もう一つは、正本(その時点で正しいとするデータ)をどちらか一方に決め、他方は参照のみにすることです。SaaS間の連携で二重入力を無くす設計はSaaS連携で二重入力をなくすで扱っています。会計システムの入れ替えでも、正本を1つに決めるという考え方は同じです。
手順4|教育・研修の時間をいつ確保するか
教育・研修は、いつ、どの程度の時間を使うかを先に決めないと、通常業務の合間に消えてしまいます。研修の時間そのものが二重入力期間の負荷に上乗せされるため、結論の章で決めた上限とあわせて計画します。
中小企業庁「2021年版中小企業白書」第2部第2章第2節は、IT人材の育成方法について、社員の主体性に任せている割合が最も高く、体系的な育成制度が十分に整っていないと述べています。同じ設問で「何も実施していない」と回答した企業も2割を超えています。出典: 中小企業庁「2021年版中小企業白書」第2部第2章第2節 中小企業におけるデジタル化に向けた現状(確認日 2026年9月16日)。ただしこれはIT人材全般についての調査であり、会計システムの操作研修に限定した数値ではありません。専任の教育担当がいない会社では、研修も主体性に任せる形になりやすい、という傾向として読むにとどめます。
確保する時間は、切替前だけでなく、並行稼働の期間中にも要ります。切替前の研修だけでは、実際の伝票を使った質問が出た時点で、答えられる人がいなくなるためです。
| 時期 | 内容 | 誰に確認してもらうか |
| 契約前 | 実際の伝票に近いデータで操作画面を試す | 実際に入力する担当者 |
| 並行稼働の開始前 | 締め処理・仕訳のやり方を一通り操作する | 経理担当者と、代わりに入力できる人 |
| 並行稼働の期間中 | 実際に出た疑問をベンダーへ確認する窓口を決めておく | 契約時に確認した窓口担当 |
| 本稼働の直後 | 月次締めを一度通し、詰まった手順を洗い出す | 経理担当者 |
撤退・中止の判断基準|合わなかったとき誰が引き受けるか
撤退や中止の基準を、着手前に決めておく会社は多くありません。ここで書くのは、要件定義に入る前に、合わなかったときの担当と基準を決めておくためのチェックリストです。導入が止まってしまった後の立て直し方は中小企業のDXが止まる5つの欠落で扱っています。この記事が扱うのは、その手前、止まる前に何を決めておくかです。
| 決めておくこと | 誰が確認するか | いつまでに決めるか |
| 合わなかったとき、誰が最終判断を下すか | 代表者または経理責任者 | 要件定義の完了時点 |
| 二重入力が上限を超えたら、誰が止める判断をするか | 実際に入力している担当者本人 | 並行稼働の開始前 |
| 契約を解約する場合、データはどの形式で受け取れるか | 契約担当者 | 契約締結前 |
| 旧システムをいつまで残すか | 情報システムの管理担当(外部委託を含む) | 切替日の決定時 |
1行目が中心になります。合わなかったときの最終判断を誰が下すか、決めた本人が自分の判断を否定する形にならないよう、先に決めておくことに意味があります。この「言い出す役」の決め方と、導入後に定期的に見直す仕組みは、DXプロジェクトの撤退・中止の決め方で扱っています。ここで示しているのは、要件定義の時点で決めておく最小限の項目です。
よくあるつまずきと対処
ここまでの手順を踏んでも、実務ではつまずきが起きます。よくあるつまずきと、主な原因、対処をまとめました。
| つまずき | 主な原因 | 対処 |
| 二重入力がいつまでも終わらない | 対象を全伝票にしたまま絞り込まなかった | 主要な勘定科目だけに対象を絞る |
| 研修を受けたはずの担当者が操作に迷う | 契約前の研修が画面説明だけで、実際の伝票を使っていなかった | 並行稼働の開始前に、実データに近い伝票で再度練習する |
| 解約したくてもデータが取り出せない | 契約前に書き出し形式を確認していなかった | 契約書にデータ書き出しの形式と期限を明記してもらう |
| 税理士への提出物の形式が合わない | 要件定義の段階で提出先との連携を確認していなかった | 契約前に提出形式が満たせるかをベンダーへ確認する |
| 制度改正のたびに追加費用が発生する | 自動更新の対象範囲を契約前に確認していなかった | 制度改正対応が基本料金に含まれるかを契約時に確認する |
| 撤退の判断が遅れる | 止める基準を決めていた人が、自分の判断を否定する形になるのを避けた | 基準を要件定義の段階で文書化し、判断を個人の責任にしない |
実在事例に当てはめると
この記事の手順を、実在する事例に当てはめてみます。会計システムの導入に失敗し、経理部の社員が全員辞めた事例で扱った会社は、2006年に会計システムを導入して失敗し、経理部の社員が全員退職しています。出典には、失敗したことと退職したことは記されていますが、原因も対処も記されていません。
したがって、以下は出典に書かれた事実ではなく、本記事の手順を当てはめた場合の考え方です。その会社が実際にこの手順を取った、あるいは取らなかったという記録ではありません。経理部の社員が全員退職したという結果は、負荷が特定の1人ではなく部署全体に及んだことを示しています。本記事の手順に照らすと、合わなかったときに誰が最終判断を下すかが、事前に決まっていなかった可能性は考えられます。ただしこれは出典からの推測であり、確認された事実ではありません。
この事例は38名の会社の記録です。10〜20名で経理を1〜2名が兼ねる会社では、抜ける人数が少ない分、1人の離脱が業務に与える影響はより大きくなります。着手前に、合わなかったときの引き受け先を決めておく意味は、規模が小さいほど増します。
よくあるご質問
会計システムの入れ替えは、どれくらいの期間を見ればよいですか
期間の目安を示す公的な統計は、確認できた範囲では見当たりませんでした。会社の規模や移行対象の業務によって幅があるため、期間そのものより、要件定義から本稼働まで、この記事の手順を一つずつ潰していく進め方を勧めます。二重入力の上限を先に決めておくと、期間が際限なく伸びることを防げます。
ベンダーが「導入実績◯社」と説明している場合、参考にしてよいですか
導入実績の数そのものは、自社にとっての使いやすさや、解約時のデータの取り出しやすさを示すものではありません。参考にする場合も、契約条件や試用の可否、データの書き出し形式など、本記事で挙げた質問と合わせて確認することを勧めます。
経理担当者が1人しかいない場合、代わりに入力できる人がいなくてもよいですか
望ましい状態ではありませんが、実際にそういう会社は少なくありません。代わりに入力できる人を用意できない場合は、二重入力の上限をより厳しく設定し、並行稼働の期間を短く区切ることを勧めます。これは法令上の要求ではなく、運用上の判断です。
まとめ|今週やること
会計システムの導入は、要件定義→ベンダー選定→データ移行→教育という順序自体は珍しくありません。この記事が加えたのは、その手順の合間に生じる負荷を着手前に見積もり、止める基準を先に決めておくという視点です。
今週やることは一つです。二重入力の許容期間の上限を、実際に入力する担当者と一緒に1つだけ決めてください。本稼働から何か月とするかを紙に書き、要件定義に入る前に確認しておきます。
この記事の4手順と撤退基準をそのまま書き込める様式は、会計システム導入チェックリストとしてダウンロードできます。判断の材料が足りないと感じた場合は、お問い合わせからご相談いただけます。
ここまでの整理を踏まえて、無料診断で現在の段階を確認できます。
無料診断をはじめる