実務ガイド

DXプロジェクトの撤退・中止の決め方|サンクコストを言い出す役を、先に決めておく

撤退基準を扱う記事の多くは、経営会議など複数の視点でレビューする体制を前提にしています。決裁者と実務担当が同じ会社に向けて、続ける・範囲を狭める・時期をずらす・止めるの4択と、サンクコストを言い出す役の決め方、着手後の点検リズム、ベンダー都合の解約条項の確認までを扱います。

DXプロジェクトの撤退・中止の決め方|サンクコストを言い出す役を、先に決めておく

この記事は、従業員10〜20名で、DXやシステム導入のプロジェクトがすでに動いている会社に向けたものです。決裁者と実務担当が同じ人であることが多く、続けるべきか撤退すべきかを、社内で自分一人が決めなければならない状況を想定しています。

この種のテーマを扱う記事の多くは、経営会議やレビュー委員会など、複数の視点で判断する体制を前提にしています。決める人と、日々手を動かしている人が同じ会社では、「会議にかけて決める」という手順そのものが存在しません。この記事は、その前提が成り立たない会社が、今日この場で続けるか止めるかを決める手順を扱います。

この記事で扱わないことが2つあります。1つは、着手する前にどんな基準を用意しておくかという話で、中小企業のDX失敗事例で扱いました。もう1つは、すでに止まってしまったプロジェクトを立て直す話で、中小企業のDXが失敗したと感じたらで扱っています。この記事が扱うのは、その間、つまりまだ動いているプロジェクトを、今日この場でどう判断するかです。

先に結論|続ける・撤退の二択ではなく、範囲短縮・延期を含めた4択で決める

プロジェクトが思うように進んでいないとき、選択肢は「続ける」か「撤退する」かの二択ではありません。実際に選べるのは、続ける・範囲を狭める・時期をずらす・止める、の4つです。二択のまま考えると、これまでかけた費用や時間が惜しくなり、判断はほぼ「続ける」側へ寄っていきます。中間の選択肢があるだけで、いったん立ち止まって考える余地が生まれます。

ただし選択肢を増やすだけでは機能しません。決裁者と実務担当が同じ会社では、続けるかどうかを問い直す役目そのものが自分自身になり、都合の悪い判断を先送りしやすくなるためです。この記事では4択の基準に加えて、判断を実際に動かす2つの仕組み、サンクコストを言い出す役を先に決めておくことと、着手後に定期点検の日を持つことをあわせて扱います。ベンダー側から契約を終える場合の確認も含め、4つの手順としてまとめました。

この記事の対象|すでに動いているプロジェクトを、今日どう判断するか

想定する読者は、DXまたはシステム導入のプロジェクトにすでに着手していて、進み方に迷いや不安が生じている経営者や担当者です。決裁者と実務担当が同一人物、またはその人が抜けると誰も判断できない体制を前提にします。専任の情報システム部門があり、複数人で定期的にレビューする体制がある会社は、この記事が想定する状況とは異なります。専任者がいない会社の全般的な整え方は情シス不在の中小企業がまず整えるもので扱っています。

扱うのは「今日、この場で」の判断です。着手前にどんな基準を用意しておくかは前段で紹介した記事に譲り、すでに完全に止まって引き継ぎや立て直しが必要な段階も対象外にします。この記事が向き合うのは、まだ動いてはいるが、このまま進めてよいのか迷いが生じている状態です。

手順1|サンクコストを言い出す役を先に決める

サンクコスト(埋没費用)とは、すでに支払ってしまい、この先どう判断しても戻ってこない費用や時間のことです。経済学の考え方では、この先の判断にサンクコストを含めるべきではないとされています。続けても止めても戻らない支出は、続ける理由にも止める理由にもならないからです。

問題は、この考え方を知っていることと、実際に運用できることが別だという点です。決裁者と実務担当が同じ人の場合、「もうこのやり方は違うかもしれない」と言い出すことは、自分がこれまで下した判断を自分で否定することに近くなります。手を動かしてきた本人ほど、言い出しにくいものです。会計システムなど個別のシステム導入で、契約前にこの役目を誰にするか決めておく最小限の手順は、会計システム導入の進め方でも扱っています。この記事は、すでに動いているプロジェクト全般に対して、その役目の運用と着手後の点検リズムまでを扱います。

だから、言い出す役を先に決めておきます。ポイントは2つあります。1つは、その役目を実務担当者自身ではなく、プロジェクトの成果に直接の利害を持たない人に置くことです。もう1つは、言い出したことが評価上の不利益にならないと、あらかじめ言葉にしておく点です。

誰に任せるか向いている理由気をつけること
経理・総務の担当者費用の実績を日常的に見ているプロジェクトの技術的な当否までは判断させない
顧問の税理士・社労士社内の人間関係から独立している継続報酬の関係で言いにくいと感じていないかを確認する
外部の相談先最も利害から遠い立場にいる費用が発生する。判断そのものは社内で行う

言い出したことを理由に評価を下げない、と決裁者自身が先に言葉にしておきます。この一言があるかどうかで、声を上げる側の心理的な負担は大きく変わります。

一人で経営と実務を兼ねている会社では、外部に相談先を持たないことも珍しくありません。その場合は、月に一度、数字だけを見てもらう相手を先に決めておきます。判断そのものを渡す必要はなく、「続けるべきか」ではなく「今月の費用と進み方を見て、気になる点はあるか」とだけ尋ねる関係で十分に機能します。

手順2|続ける・範囲を狭める・時期をずらす・止める、の4択で判断する

サンクコストを言い出す役が声を上げたら、次に4つの選択肢のどれを選ぶかを判断します。基準にするのは2つの問いです。1つは、当初の経営課題は今も生きているかどうか。もう1つは、これから追加でかかる費用と時間に見合う効果が、この先も見込めるかどうかです。

選択肢選ぶ条件具体的に何をするか
続ける経営課題は生きており、追加費用にも見合う見込みがある現行の計画をそのまま進める
範囲を狭める経営課題は生きているが、対象業務や機能が広がりすぎている対象業務を1つか2つに絞り、それ以外は次の機会に回す
時期をずらす経営課題は生きているが、繁忙期や人手の都合で今は判断材料が集まらない次の点検日を決めたうえで、いったん現状維持のまま様子を見る
止める経営課題そのものが消えた、または追加費用がどう見ても見合わない契約の解除条項を確認し、データの引き継ぎ方を決める

4つのうち、多くの会社が見落とすのは「範囲を狭める」です。全部をやめるか、全部を続けるかの二択で考えていると、一部だけを対象から外すという発想が出てきません。中小企業のDX失敗事例で扱った軽微な段階の失敗の多くは、対象業務を絞り込めば、全部をやめずに済んだはずのものです。

「時期をずらす」と「止める」を混同しないことも大切です。時期をずらすのは、次にいつ判断し直すかを決めたうえでの一時停止です。次の点検日を決めずに「様子を見る」と言うと、それは実質的に止めた状態と変わりません。

手順3|着手後の定期点検のリズム

4択のどれを選ぶかは、一度決めて終わりではありません。プロジェクトが動いている間、同じ問いを繰り返し確認する必要があります。撤退の判断を扱う記事の多くは、基準を「着手前に決めておく」ところで説明が止まっており、走り出した後にいつ・何を見て判断し直すかには触れていません。

点検のタイミングは、日付を先に決めておきます。目安は3つで、契約更新月の前月、要件定義や検収など大きな区切りが終わったとき、当初の予定期日を過ぎたときです。見るものも3つに絞ります。予定と比べた進み具合、支払った費用と残りの予算、決める人が実際に関わっているかどうかです。

点検日見たもの実績この日の判断
4月1日(要件定義完了予定日)進み具合要件定義は未完了で、対象業務が当初の3業務から5業務に増えていた範囲を狭める(2業務を次回へ回す)
7月1日(契約更新の1か月前)費用追加費用が積み上がり、想定の1.4倍に達していた時期をずらす(更新月まで現状維持し、再点検)
9月1日(再点検日)決める人の関与決裁者が2か月、進捗報告を確認していなかった続ける(決裁者の関与を週1回に戻す)

表の日付・業務数・費用の倍率は、考え方を示すための仮の値です。自社の契約更新日や当初の予算に合わせて置き換えます。点検にかける時間も長くする必要はありません。決裁者と実務担当が同じ会社では、点検を大掛かりにするほど他の業務を圧迫し、続かなくなります。3つの問いに答えるだけであれば15分程度で十分です。時間の長さよりも、点検日を先にカレンダーへ入れてしまうことのほうが重要です。

手順4|ベンダー都合の中止と解約条項の確認

ここまでは、自社の側から続けるか止めるかを判断する場面を扱いました。もう1つ、ベンダー側から「このプロジェクトはこのままでは進められない」と提言される場面もあります。この視点に触れている記事は少なく、扱っていても事例の紹介にとどまり、判断の基準までは書かれていません。

IPA(情報処理推進機構)が公開している「情報システム・モデル取引・契約書」の見直しでは、ベンダーからの中止提言を踏まえた解約権を、オプション条項として契約書に加えられる形が示されています。つまり、ベンダー側が途中で「これ以上は進められない」と申し出て契約を終わらせる仕組み自体は、モデル契約の中にすでに用意されている、ということです。

確認すべきなのは、自社が実際に結んでいる契約書に、この種の条項が入っているかどうかです。モデル契約はあくまでひな形であり、実際の契約書にそのまま反映されているとは限りません。契約書を読める専任者がいない会社ほど、この確認自体が抜け落ちやすくなります。

確認すること見る場所確認できないときにやること
中途解約の条項があるか契約書の解除・解約の章ベンダーへ直接確認し、書面で回答をもらう
解約時にすでに支払った分をどう清算するか契約書、または個別の見積書出来高で清算するのか一律なのかを事前に聞く
データと成果物を引き渡す条件契約書、または覚書ファイル形式や移行手順まで具体的に確認する

同じIPAのページには、主に利用者として想定される中小企業にとってより適切なモデル取引・契約書の在り方について、関係者の意見を踏まえた検討が今後期待される、と記されています(IPA「情報システム・モデル取引・契約書」からの見直しのポイント、2026年9月16日確認)。中小企業向けの中止基準そのものは、まだ共通の物差しとして整っていません。自社の契約書を自分で確認する以外に、いまのところ頼れる標準がないということです。ベンダーと連絡が取れなくなった場合の対処は発注したAI開発が動かない・連絡が取れないで扱っています。

実在事例に当てはめると

ここまでの手順を、実際に記録が残っている事例に当てはめてみます。中小企業のDX失敗事例で扱った3社の記録は、いずれも結果までしか書かれておらず、途中でどんな判断をしたか、誰が決めたかの記載はありません。ここから読み取れるのは、この記事の枠組みで言う点検の記録そのものが、出典には残っていないという事実です。

株式会社ソロン(26人、営業管理と顧客管理を別々のソフトで併用)の記録では、同じデータを3〜4回入力する状態が続いていました。着手後のどこかで点検日を決め、費用ではなく入力の手間を見る点検を行っていれば、4択のうち「範囲を狭める」、たとえば併用するソフトを1つに絞り込む判断を、負担が人間関係の悪化にまで及ぶ前に選べた可能性があります。出典にこの判断の有無は書かれていないため、ここは当方の読み取りとして扱います。

株式会社高梨製作所(17人、生産管理システムを3年で入れ替え)の記録も同様です。3年という期間の長さから、途中で立ち止まる機会はあったはずですが、出典にはいつ・誰が入れ替えを決めたかの記載がありません。点検日を先に決めておく仕組みがあれば、3年より前の段階で「止める」か「範囲を狭める」かを判断できていた可能性があります。

芝園開発株式会社(38名、会計システム導入に失敗し経理部が全員退職)の記録は、致命的な段階まで進んでからの結果しか残っていません。この段階まで進むと、4択のどれを選んでも、システムの問題はすでに人の問題に変わっています。この記事の手順が意味を持つのは、致命的な段階に至る前、まだ軽微か中断の段階にあるうちです。

よくあるつまずきと対処

つまずき主な原因対処
言い出す役を決めたつもりが機能しない実務担当者本人にその役目を兼ねさせている経理・顧問など、成果に利害を持たない人に置き換える
点検日が来ても点検が行われない日をカレンダーに入れただけで、見る項目を決めていない進み具合・費用・決める人の関与の3つだけに絞る
「時期をずらす」がそのまま止まってしまう次の点検日を決めずに先送りしている時期をずらすときも、次に判断し直す日を必ず決める
範囲を狭める判断ができない全部やめるか続けるかの二択でしか考えていない対象業務を業務名で1つずつ切り分けて考える
契約書の解約条項を確認していない契約書を読める専任者がいない手順4の3項目だけをベンダーへ直接確認する
サンクコストの話になると議論が止まるすでに払った分の話とこれからの話が混ざっている支払い済みの分とこれから発生する分を、別の議題として分ける

よくあるご質問

サンクコストを言い出す役を、経営者自身が兼ねてもよいですか

できれば避けます。決裁者と実務担当が同じ場合、経営者自身がその役目まで兼ねると、自分の判断を自分で疑うことになり機能しにくくなります。社内に候補がいない場合は、経理を委託している税理士や、月次で数字を見てもらっている相手に、進捗と費用だけを見てもらう関係にしておくとよいでしょう。

契約書に中途解約条項が見当たりません

条項が無い契約書も実際にあります。その場合は、止めると決めた時点でベンダーへ直接申し出て、清算方法とデータの引き渡しを確認します。契約書に書かれていないことは口頭のやり取りだけに頼らず、合意した内容をメールなど形に残る手段で残しておきます。

「時期をずらす」と「止める」の違いが分かりません

次の判断日が決まっているかどうかで区別します。時期をずらすときは、次にいつ改めて判断するかをその場で決めます。止めるときは次の判断日を決めません。判断日を決めずに先送りすると、実質的には止めた状態と同じになります。

定期点検はどのくらいの頻度で行えばよいですか

契約更新や大きな区切りに合わせるやり方をこの記事では紹介していますが、これは当方が実務の中で採っている考え方であり、法令上の要求ではありません。毎月決まった日に、短時間だけ確認する形でも成立します。頻度そのものより、点検日を先に決めておくことのほうが重要です。

まとめ

続けるか撤退するかの判断が難しいのは、決める基準が無いからではなく、二択でしか考えていないことと、言い出す役が定まっていないことが重なっているためです。続ける・範囲を狭める・時期をずらす・止める、の4択に分け、サンクコストを言い出す役を先に決め、点検の日を先にカレンダーへ入れる。この3つを揃えるだけで、判断は感覚ではなく手順になります。

今週やることは1つに絞れます。いま動いているプロジェクトについて、次の点検日をカレンダーへ書き込みます。日付さえ決めておけば、その日に何を見るかは手順3の3項目でそのまま使えます。判断そのものに迷う場合は、お問い合わせからご相談ください。

ここまでの整理を踏まえて、無料診断で現在の段階を確認できます。

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編集者K

技術確認: 編集者K/ 最終更新: 2026.09.16