AI導入の担当を任された。IT部門の所属ではなく、詳しいわけでもない。断りにくいが、何をどこまでやるのかも決まっていない。この状況にいる方に向けて書いています。想定しているのは従業員10〜20名の会社です。
先に結論
全部を引き受ける必要はない、という話です。公的なガイドラインは、AIの管理を特定の部門が単独で担うものとしていません。これは交渉の材料になります。引き受ける範囲を決めるとき、切り分けは「詳しいかどうか」ではなく「決められる立場かどうか」です。費用を決める、責任を負う、業務のやり方を変える。これらは担当者の権限を超えます。最初にやることは、作業を始めることではありません。何を自分がやり、何を経営者に決めてもらうかを書き出して、合意することです。
一人で背負うものではない、と公的資料に書かれている
AI事業者ガイドラインの活用に関する資料に、次の記述があります。AIガバナンスはIT部門などが単独で考えるものではない、というものです。
この記述は、IT部門を持つ組織を想定したものです。IT部門ですら単独では担えない、とされている領域を、IT部門でない一人が引き受ける前提には無理があります。
IPAの中小企業向けの資料には、より具体的な例があります。営業部長とシステム管理者で担当を分けるという形です。決める人と、手を動かす人を分ける考え方です。出典: 総務省・経済産業省「AI事業者ガイドライン(第1.2版)本編」(令和8年3月31日/確認日 2026年9月1日)、IPA「中小企業の情報セキュリティ対策ガイドライン 第4.0版」(確認日 2026年9月1日)
なぜ詳しくない人に回ってくるのか
担当に指名される理由は、AIの知識ではないことがほとんどです。自社の業務を細かく知っている、部署をまたいで話を通せる、新しいやり方を小さく試したことがある。この3つのどれかに当てはまる人へ回ってきます。技術の詳しさで選ばれたわけではないため、まず詳しくなることを最初の課題に置くのは順番が逆です。
もう一つの理由は、会社の側がまだ決めていないからです。総務省の令和7年版情報通信白書では、日本の中小企業について、生成AIの活用方針を「明確に定めていない」という回答が最も多く、約半数を占めると報告されています。方針が無いまま担当者だけが先に決まった場合、渡されるのは目的の定まらない仕事です。次の切り分けは、その空白を担当者の側から埋めるための材料になります。出典: 総務省「令和7年版 情報通信白書|企業におけるAI利用の現状」(確認日 2026年9月8日)
引き受ける範囲と、渡す範囲

作業を4つに分け、どれを引き受けるかを決めます。判断の軸は「決められる立場かどうか」です。
| 区分 | 内容 | 担当者が引き受けられるか |
| 調べる | 使えそうな製品を探す、機能を比べる、試す | 引き受けられる |
| 整える | 手順を書く、設定する、他の人に教える | 引き受けられる |
| 決める | どの製品にするか、いくらまで出すか、いつやめるか | 経営者が決める |
| 負う | 事故が起きたときの責任、対外的な説明 | 経営者が負う |
上2つと下2つの境目が、交渉すべき線です。調べて整えることは引き受けられますが、決めることと負うことは権限の問題であり、詳しさとは関係ありません。この分け方は、体制として整理すると4つの役割になります。詳細はAI推進体制の作り方で扱っています。この記事は、体制が決まっていない段階で個人が動くための材料です。
最初に確認する5つ
引き受ける前に、次を確認しておきます。口頭で構いませんが、結果はメールなど残る形にします。
| 確認すること | 確認しないとどうなるか |
| 何を解決したいのか | 目的が曖昧なまま製品を探すことになる |
| いつまでにやるのか | 終わりが来ない。他の業務と競合し続ける |
| いくらまで使えるのか | 調べた後で予算が無いと分かる |
| この作業に週何時間使ってよいのか | 通常業務に上乗せされ、どちらも遅れる |
| うまくいかなかった場合、やめてよいのか | 撤退の判断ができず、抱え続ける |
4つ目が実務では最も重要です。時間を確保しないまま指名するのは、決めていないのと同じです。週2時間なら2時間と決め、その分どの業務を減らすかまで確認します。5つ目を先に聞いておくと、後で止めやすくなります。始めた人が自分で止めると言い出すのは難しいためです。
範囲を狭める言い方
断るのではなく、範囲を決める形にすると話が進みます。次のような言い方になります。
- 「調べて候補を3つに絞るところまでやります。どれにするかの判断はお願いします」
- 「まず1業務で試します。他へ広げるかは、その結果を見てから決めてください」
- 「週2時間で進めます。それを超える場合は、他の業務を調整させてください」
- 「事故が起きたときの対応は、私では判断できません。連絡先を決めておいてください」
- 「3か月やって効果が出なければ、やめる判断をお願いします」
いずれも「できません」ではなく「ここまでやります」の形です。引き受ける範囲を先に示すことで、示していない部分が自動的に相手側に残ります。
詳しくない状態で判断するには
技術的に詳しくなくても判断できる項目があります。製品の中身ではなく、業務と条件を見る項目です。
| 見るもの | 詳しくなくても分かる理由 |
| 自社で最も件数が多い業務で動くか | デモで再現してもらえば見える |
| 入力する人が触って分かるか | その人に触ってもらえばよい |
| 出てきた結果の正誤を、誰が判定できるか | 社内を見渡せば分かる |
| やめるときにデータを取り出せるか | 契約前に聞けば答えが返る |
| 困ったときに誰に聞くか | 提供元のサポート範囲を確認する |
5つとも、製品の技術的な優劣とは関係ありません。詳しくない人が判断できないのは技術の部分だけで、この5つは立場に関係なく確認できます。AIに向く業務かどうかの判断軸はAIに向いている業務の見分け方、着手前に決める項目は中小企業のAI導入手順で扱っています。
通常業務と両立させる
兼務で進める場合、時間の確保が最大の制約になります。週2時間と決めても、通常業務が優先されて消えるのが実際です。
| やり方 | 内容 | 効く理由 |
| 曜日と時間を固定する | 毎週◯曜の午前など、予定として入れる | 空いた時間にやろうとすると、空かない |
| 減らす業務を決める | その2時間ぶん、何をやめるかを先に決める | 上乗せすると、どちらも遅れる |
| 成果物を毎回1つに絞る | 今週は候補を3つ挙げるまで、など | 終わりが決まると2時間で収まる |
| 進捗を月1回だけ報告する | 毎週報告しない | 報告の準備が作業を圧迫する |
2つ目が実際には最も効きます。「週2時間使ってよい」と「週2時間ぶん他を減らす」は違います。前者だけを言われた場合、それは時間を確保していません。兼任者の時間の確保についてはAI推進体制の作り方でも扱っています。
うまくいかないときに確認すること
進まない原因は、担当者の能力ではないことが多くあります。次のどれに当たるかを見ます。
| 状況 | 考えられること | 誰に相談するか |
| 何から手を付ければよいか分からない | 解決したい課題が決まっていない | 経営者。課題を1つに絞ってもらう |
| 候補を出したが決まらない | 決める人と基準が決まっていない | 経営者。判断基準を先に決めてもらう |
| 時間が取れない | 減らす業務が決まっていない | 経営者と直属の上長 |
| 技術的に判断できない | 自分の範囲を超えている | 提供元のサポート、または外部 |
| 現場が使ってくれない | 業務の変更を伴う話になっている | 経営者。業務の変更は担当者の権限を超える |
5つのうち4つの相談先が経営者です。担当者が一人で解けるのは、技術的な部分だけです。止まっているときは、自分の努力不足として抱え込みません。導入したのに使われない状態の切り分けはAIを入れたのに使われないで、5つの状態に分けて扱っています。
外部をどこに使うか
全部を社内でやる必要はありません。ただし、外に出してよい部分と、残すべき部分があります。
| 工程 | 外に出せるか | 理由 |
| 製品の比較・情報収集 | 出せる | 公開されている情報が中心 |
| 設定作業 | 出せる | 手順が決まっている |
| 自社の業務をどう変えるか | 残す | 業務を知っているのは社内だけ |
| 入力してよい情報の線引き | 残す | 自社の契約と責任に関わる |
| やめるかどうかの判断 | 残す | 外に出すと止められなくなる |
下3つを外に出すと、変更のたびに依頼が必要になり、判断そのものができなくなります。情シス不在の会社が社内に残すべきものは情シス不在の中小企業がまず整えるもので扱っています。
評価にどう扱われるかを確認する
兼務で引き受ける以上、その時間は本来の業務から差し引かれています。しかし評価は本来の業務で行われることが多く、担当した分が見えません。引き受ける段階で、次を確認しておきます。言い出しにくい話ですが、後から遡って認めてもらうほうが難しくなります。
| 確認すること | 確認しないと起きること |
| この作業を、評価の対象に含めるか | 本来業務の成果が下がった分だけ、評価が下がる |
| 本来業務の目標を調整するか | 両方の目標を満たすことを求められる |
| うまくいかなかった場合の扱い | 失敗が個人の評価に紐づく |
| 担当を外れるときの条件 | 終わりが来ないまま続く |
3つ目が重要です。導入がうまくいかない理由の多くは、担当者の能力ではなく前提の側です。それが個人の評価になる前提だと、うまくいかない兆候を早く報告しにくくなります。報告しにくい状態が続くと、判断が遅れ、撤退の時期を逃します。止める判断を早く出すためにも、失敗の扱いを先に決めておく必要があります。
引き受けた後、記録しておくこと
担当を引き受けたら、次を残します。異動や退職のときに引き継げる形にするためです。何のために始めたか、つまり解決したい課題。確認した5項目とその回答。検討した製品と、選ばなかった理由。設定した内容と、変更した日付。うまくいかなかったこと。これらを残します。5つ目を残すことに意味があります。次の担当者が同じ道を通らずに済みます。そして自分が続ける場合も、3か月後には忘れています。
よくあるご質問
引き受けるかどうか、断ってもよいのですか
断るかどうかより、範囲を決めるほうが先です。公的なガイドラインは、AI導入を担当者が一人で背負うものとしていません。決裁と責任の所在を経営者に残したうえで、作業の範囲を引き受ける形にできます。
詳しくない状態で、判断してよいのですか
技術の良し悪しではなく、社内の業務が分かっているかで判断できる範囲があります。どの業務を対象にするか、いつやめるか、誰が確認するかは、詳しくなくても決められます。技術の判断が必要な部分は外部に出せます。
通常業務との時間配分は、どう決めますか
先に上限を決めます。週に何時間まで使うかを決め、それを超える場合は他の業務を調整する、という形にしておくと、担当が増え続ける状態を避けられます。
先の5項目を、そのまま経営者に聞きます。何を解決したいのか、いつまでか、いくらまでか、週何時間か、やめてよいか。この5つです。
答えが返らない項目があれば、それが今の段階で最も曖昧な部分です。製品を探し始める前に、そこを埋めるほうが早く終わります。
自社の状況に当てはめる段階で判断がつかない場合は、お問い合わせからご連絡ください。
ここまでの整理を踏まえて、無料診断で現在の段階を確認できます。
無料診断をはじめる