顧客名の入った問い合わせメールを、そのままAIに貼り付けて返信案を作らせてよいか。この判断には、感覚ではなく公的機関が示した確認事項があります。従業員10〜20名で、社内のAI利用ルールを決める立場の方に向けて書いています。
示されているのは2点だけ

個人情報保護委員会は、生成AIサービスの利用に関する注意喚起として、個人情報取扱事業者における注意点を2つ挙げています。難しい判定表ではなく、確認すべきことが2つに絞られている、という形です。
先に要点を並べる
この記事の要点を先に書きます。確認することは2つで、確認できないときにどうするかまで決めておけば、判断で止まらなくなります。
- 確認は2つ。利用目的の範囲内か/提供事業者が機械学習に利用しないと明示しているか
- 1つめは社内で結論を出せる。2つめは社外の規約か契約で確認する
- 口頭の回答は根拠にならない。文書で確認できるかどうかが判断の分かれ目になる
- 確認できていない間は、個人が特定されない形に直して渡せば業務は止まらない
- 記録は1行。サービス名・設定の状態・確認した日を残す
- 海外の事業者・要配慮個人情報が絡む場合は、社内で結論を出さず法務へ渡す
1つめ:利用目的の範囲内かを確認する
1つめ。個人情報を含むプロンプトを入力する場合には、特定された当該個人情報の利用目的を達成するために必要な範囲内であることを十分に確認すること。つまり、その顧客情報をもともと何のために預かったのか、AIに入れる行為がその目的の中に収まるか、という確認です。
2つめ:機械学習に利用しないと明示されているかを確認する
2つめ。あらかじめ本人の同意を得ることなく個人データを含むプロンプトを入力し、当該個人データが応答結果の出力以外の目的で取り扱われる場合、個人情報保護法の規定に違反することとなる可能性があるとされています。そのため入力を行う場合には、生成AIサービスを提供する事業者が当該個人データを機械学習に利用しないこと等を十分に確認すること、と続きます。
入力してよい情報の線引きは、口頭で伝えても残りません。生成AI利用ルールひな形は、業務別の判断表をそのまま社内規定へ移せる形にしたものです。個人情報保護委員会が示す2つの確認事項を項目として含んでいます。
2つめが実務上の分かれ目になる
1つめは社内で結論を出せる
1つめは社内で判断できます。顧客対応のために預かった情報を、顧客対応の返信案を作るために使う。これは目的の範囲内と整理しやすいでしょう。範囲を超えるのは、たとえば採用応募者の情報を営業リストの作成に回すような場合です。
2つめは、確認する相手が社外にある
難しいのは2つめです。確認する相手が社外にあります。利用している生成AIサービスが、入力した内容を機械学習に使うのか使わないのか。同じ製品名でも、無料版と法人向けの契約で扱いが違うことがあり、設定画面のスイッチ一つで変わる場合もあります。
口頭の回答では、後から根拠を示せない
そして確認できるのは、規約かサービスの説明として明示されているかどうかです。担当者が口頭で「使いません」と言った、という状態では、後から根拠を示せません。文書で確認できるかどうかが、そのまま判断の可否になります。
確認できるまでの扱い方
確認できていない間は、個人が特定されない形に直して渡す
機械学習に使わないことを確認できていない段階では、個人情報を入れない運用にします。ただし業務を止める必要はありません。個人が特定されない形に直してから渡す方法があります。
| 渡し方 | できること | 注意点 |
| 顧客名・担当者名を伏せる | 文面の作成、言い回しの調整 | 社名と地名の組み合わせから特定できる場合がある |
| 固有名詞をすべて記号に置き換える | 構成の作成、要点の整理 | 置き換えを人が毎回行う運用は、いずれ抜ける |
| 社内の一般的な状況として書き直す | 方針の相談、選択肢の洗い出し | 具体性が落ちるため、最終文面には向かない |
| 確認が取れた環境で、そのまま渡す | 経緯を踏まえた作成 | 確認の根拠を文書で保管しておく |
2行目の方法は事故が起きます。急いでいるとき、置き換えを一箇所忘れるからです。人の注意力に依存する手順は、続けるほど失敗の確率が上がります。伏せるなら、伏せる範囲を単純にしたほうが安全です。
伏せる範囲は、人が覚えられる単位にする
伏せ方を細かく決めるほど、守られなくなります。項目ごとに条件を付けた判断表を作ると、急いでいるときに見返されないためです。当方が勧めるのは、社外の人の名前は入れない、という形まで単純にすることです。覚えられる範囲に収めると、判断そのものが要らなくなります。
置き換えは、貼り付ける前の段階で止める
固有名詞を記号に置き換える手順は、貼り付けた後に直す形にすると抜けます。元の文書から必要な部分だけを別の場所へ写し、写す時点で名前を落とす順番にすると、抜けても元の文書は手元に残ります。順番を変えるだけで、注意力に頼る部分が減ってきます。
委員会は利用者側の注意点も挙げている
入力された情報が、他の情報と結びついて出力されるリスク
同じ注意喚起には、一般の利用者に向けた留意点も含まれています。入力された個人情報が機械学習に利用されることがあり、他の情報と統計的に結びついた上で、正確または不正確な内容で出力されるリスクがある、という指摘です。
応答結果に不正確な個人情報が含まれるリスク
もう一点、応答結果に不正確な内容が含まれることについても触れられています。自然な文章を出力できるものであっても、その文章は確率的な相関関係に基づいて生成されるため、不正確な内容の個人情報が含まれるリスクがあるとされています。
ここは入力側の話ではなく、出力側の話です。AIが書いた顧客への返信に、実際には存在しない経緯が混ざる可能性がある、ということでもあります。個人情報を扱う文書では、送信前の確認が入力の可否と同じ重みを持ちます。
出力に混ざった不正確な内容は、自社の文書として外へ出る
出力側のリスクが実務で効いてくるのは、顧客へ出す文書を作らせた場合です。存在しない経緯や、誤った取引内容が混ざったまま送ると、それはAIの誤りではなく自社が送った文書になります。個人情報を含む文書では、入力してよいかの判断と同じ重さで、送信前に人が見る工程を置きます。見る箇所の絞り方はAIの回答が正しいかどうかを確認する方法に整理しています。
確認事項2点の外側に残る論点
委員会の注意喚起が個人情報取扱事業者へ求めているのは、先の2点です。ただしこれは、入力に関わる法律上の論点が2つで終わるという意味ではありません。委員会は別の資料で、提供先の位置づけや情報の種類によって別の条文が効いてくることを示しています。実務で引っかかりやすいものが3つあります。
| 論点 | 委員会が公表している内容 | 社内だけで結論を出せるか |
| 提供先が個人データを取り扱うことになっているか | クラウドサービスの利用が本人の同意を要する第三者提供に当たるかは、保存している電子データに個人データが含まれるかどうかではなく、提供する事業者において個人データを取り扱うこととなっているかどうかで判断される(Q7-53) | 契約条項とアクセス制御の確認が前提になる |
| 海外の事業者のサービスを使っている | 外国にある第三者へ個人データを提供する場合は、あらかじめ外国にある第三者への提供を認める旨の本人の同意を得なければならない(法第28条第1項)。我が国と同等の水準にあると認められる制度を有する外国と、規則で定める基準に適合する体制を整備している者への提供は例外にあたる | 例外に該当するかの判断は法務へ回す |
| 病歴や健康診断の結果が含まれる | 要配慮個人情報は、あらかじめ本人の同意を得ないで取得してはならない(法第20条第2項)。法令に基づく場合など、8つの例外が定められている | 取得の場面から見直す必要があり、法務の判断が要る |
1行目は、2つめの確認事項の裏側にある考え方です。委員会のQ&Aが分かれ目に置いているのは、保存された電子データの中身ではなく、提供事業者が個人データを取り扱うことになっているかどうかでした。機械学習に利用しないという明示は、その判断を支える材料として効いてきます。だから規約や契約書という形が求められるわけです。
2行目と3行目は、この記事の範囲を超えます。海外の事業者が提供するサービスを使っている場合や、健康診断の結果のような要配慮個人情報が混ざる場合、確認事項の2点を満たしていても別の条文の判断が残ります。該当しそうだと気づいた時点で、社内で結論を出さず法務へ渡してください。
3つのうちどれに当たるかを、先に仕分ける
3つの論点は、社内で結論を出せるものと出せないものに分かれます。先に仕分けておくと、法務へ渡す場面が決まります。
- 提供先が個人データを取り扱うことになっているか:契約条項とアクセス制御を確認すれば、社内で材料がそろう
- 海外の事業者のサービスを使っているか:使っているサービスの提供元の所在を調べ、該当すれば法務へ渡す
- 要配慮個人情報が含まれるか:含まれる時点で法務へ渡す。取得の場面から見直しが要る
3つ目に当たるかどうかは、業務の種類で先に分かります。健康診断や休職の記録を扱う業務は、AIに渡す話が出た時点で法務を通す対象として決めておくほうが、個別に判断するより早く済みます。
社内で決めておく形
決めるのは2行だけ
規程を作り込む必要はありません。確認事項が2つしかないので、決めることも少なく済みます。利用しているサービスごとに、機械学習に使われない設定になっているかを確認し、その結果を1行で記録する。確認できていないサービスでは、個人情報を伏せて使う。この2行で運用は始められます。
記録の置き場所は、すでにあるツール台帳が適しています。台帳の作り方はAIツール管理台帳の作り方、入力の線引き全般は生成AIに入力してはいけない情報をご覧ください。
記録に書くのは、サービス名・設定の状態・確認した日
記録は1行で足ります。サービス名と、学習に使われない設定になっているかどうかと、確認した日です。この3つがあれば、後から誰が見ても判断の根拠が追えます。書いていない場合、確認したかどうかが分からないため、もう一度確認することになります。
HVLなら、確認済みの環境を1つに絞る
以下はHVL(ハイ・ヴァーチュ・ラボ)の見解です。サービスごとに扱いが違う状態を社内に残すと、どれに何を入れてよいかを担当者が毎回判断することになり、いずれ間違えます。HVLが取るのは、個人情報を含む業務で使う環境を1つに決めて、それ以外のサービスには個人情報を入れないという形です。確認する対象が1つになるため、記録も更新も続きます。
用途を分けたうえで、どの業務をその環境へ寄せるかは業務ごとの判断になります。入力の線引きを社内の規定と工程に落とすところは運用・保守・継続改善で承っています。
1つに絞った環境を社内の規定と日々の工程へ落とすまでが、実際の作業量になります。HVLのAI活用プロパートナーは、定着支援の段で利用する人と業務に合わせて運用ルールを検討し、方針整理から改善まで同じ担当者が続けて入る形です。ただし法令の解釈そのものは支援の範囲ではないため、顧問の弁護士か社内の法務へご確認ください。
この記事で扱っていないこと
法令の解釈は扱っていない
個人情報保護法の解釈そのものは扱っていません。委員会が公表した注意喚起の記載と、そこから読み取れる実務上の確認手順までです。要配慮個人情報を扱う場合や、法令違反の可能性が具体的に生じている場合は、法務の判断が必要になります。
注意喚起は令和5年6月2日付。追加される可能性がある
また、この注意喚起は令和5年6月2日付のものです。委員会は今後、追加の注意喚起等を実施する可能性がある点に留意されたい、としています。運用を決めた後も、年に一度は原典を見に行く前提で扱ってください。公表された事故で何が外へ出たのかは、生成AIの情報漏えい事例にまとめました。法令の枠組みそのものを確認する場合はAI法は2025年9月に全面施行されたをご覧ください。
原典を見に行く日を決めておく
追加の注意喚起が出る可能性があるため、一度決めた運用がそのまま使える保証はありません。年に一度、委員会のページを開いて記載が変わっていないかを見る日を決めておきます。決めておかないと、見に行く機会は来ません。使っているサービスの規約も同じで、改定の通知が来たときに確認の記録を更新する形にします。
公的資料の事例:社長を含む全員に、情報の扱いの資格を取るよう求めた会社
判断できる人を社内に置いた事例があります。長崎市のイシマルは従業員189人で、事務機器とITソリューションを手掛けています。石丸太望社長はIT関係の資格取得を強く奨励しており、「情報セキュリティマネジメントとITパスポートは絶対に取ってほしい」と社員へ呼び掛けました。石丸氏自身も情報セキュリティマネジメントを取得しています。取得者には奨励金が出て人事評価でも加点され、有資格者の氏名は社内に掲示されています(中小機構 J-Net21「中小企業とDX」、2026年1月19日掲載、2026年10月30日確認)。
従業員189人のIT関連企業で、顧客に情報システムを提供する立場です。資格の要求水準は業種によって変わり、事務系10〜20名で同じ形を取る必要はありません。個人情報を入力してよいかの判断に移すと、効いてくるのは制度より役割です。入力しようとした人が自分で判断するのではなく、迷ったときに聞く相手が決まっているかどうかで結果が変わります。その役を1人決めて、判断の根拠にする資料を手元に置いてもらってください。
よくあるご質問
顧客名を伏せれば、何を入れても大丈夫ですか
名前だけの問題ではありません。社名、地域、取引内容の組み合わせから個人を特定できる場合があります。伏せた状態でも特定できるかどうかを、社内の別の人に読ませて確かめる方法が現実的です。
無料版と有料版で扱いが違うと聞きました
違う場合があります。委員会の注意喚起も、提供事業者が機械学習に利用しないこと等を十分に確認すること、という書き方をしています。製品名ではなく、自社が結んでいる契約と、いま入っている設定で確認します。
確認が取れないサービスは使ってはいけませんか
個人情報を入れなければ使えます。文章の言い回しを整える、構成を考えるといった用途であれば、個人情報は不要です。用途を分けて、個人情報を含む業務だけを確認済みの環境に寄せる形が取れます。
従業員の履歴書や評価の記録はどうですか
顧客情報と同じ2つの確認事項が先に来ます。そのうえで、健康診断の結果や病歴が含まれる場合は、要配慮個人情報として別の条文の判断が残ります。委員会は要配慮個人情報について、あらかじめ本人の同意を得ないで取得してはならないと示しています。採用や人事の記録をAIへ渡す話が出た時点で、社内で結論を出さず法務へ渡す対象になります。
取引先の担当者名は、個人情報として扱いますか
会社名と部署名だけなら個人の情報ではありませんが、担当者名が付けば個人を識別できる情報になります。社名と担当者名と取引内容がそろうと、伏せたつもりでも特定できる状態へ戻ってしまいます。判断に迷う場面を減らすには、社外の人の名前は入れないという線で統一するほうが運用は続きます。
学習に使わない設定にすれば、本人の同意は不要になりますか
委員会の注意喚起は、本人の同意を得ずに個人データを含むプロンプトを入力し、応答結果の出力以外の目的で取り扱われる場合に、法の規定に違反することとなる可能性があるとしています。そのうえで、機械学習に利用しないこと等を十分に確認することを求める記載が続きます。設定の確認は求められている確認そのもので、同意が要る場面の判断を置き換えるものではありません。自社の運用が該当するかどうかは法務の判断になります。
過去に入力してしまった分は、どう扱えばよいですか
まず、どのサービスに何を入れたかを書き出す作業から入ります。会話の履歴が残る仕組みであれば、履歴の削除ができるかを確認します。次に、同じことが繰り返されない形に変えておきます。起きたこと自体より、入力してよい範囲が社内で決まっていなかったことが原因になっているためです。対応の手順は生成AIで情報が外に出たときの対応で扱っています。
出典
- 個人情報保護委員会「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について」(令和5年6月2日) 2026年9月3日確認
- 個人情報保護委員会「「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン」に関するQ&A Q7-53」 2026年9月9日確認
- 個人情報保護委員会「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(外国にある第三者への提供編)」 2026年9月9日確認
- 個人情報保護委員会「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)」 2026年9月9日確認
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