議事録AIの注意点として語られるのは、たいてい情報漏えいと文字起こしの精度です。この記事では、その手前でつまずく2点を扱います。録音してよいのか、そして話者の名前が入れ替わっていないか。従業員10〜20名で、機密レベルを定義する担当者がいないまま会議の記録を任されている人に向けて書いています。
困るのは、判断する材料が会議の場にないことです。社外の人が同席していて、いまから録音していいかを一人で決めなければならない。断られたときの代わりの進め方も用意していない。そういう状態で使い始めると、使うか使わないかを毎回その場の空気で決めることになります。この記事は、その場で使える線引きと、実際の言い方を先に決めておくために書いています。
扱わないのは、ツールの比較と、議事録づくりそのものの手順です。書式の決め方、確認者の置き方、短縮した時間の測り方は議事録をAIで作るで扱っています。通信の暗号化や共有リンクの権限設定といった一般的な設定も、ここでは繰り返しません。この記事は、その続きにある危険性と限界の側だけを書きます。
録音の事前告知は、法律上の義務ではない
先に結論です。個人情報保護委員会のFAQは、通話録音について「録音していることについて伝える義務までは負いません」と説明しています(個人情報保護委員会 FAQ 1-10、2026年9月3日確認)。同じ回答は、取得した個人情報の利用目的については通知または公表の義務があることも示しています。告知が不要という話ではなく、録音の告知義務と利用目的の説明義務が別だという整理です。
この整理は通話録音を題材にしたものです。会議の録音や、その文字起こしをAIへ渡す行為にそのまま当てはまるかどうかは、扱う内容と相手によって変わってきます。当てはめは事案ごとの判断になるため、運用として決める前に原典を読み、判断が難しい内容なら弁護士へ確認するのが確実です。ここに書いた整理をもって、法令上問題がないと判断できるわけではありません。
| 論点 | FAQから読めること | 運用として決めること |
| 録音していることを伝える | 伝える義務までは負わない | 会議の型ごとに、伝えるかどうかを先に決める |
| 取得した情報の利用目的 | 通知または公表の義務がある | 「会議記録の作成のため」と言える形にしておく |
| 音声データそのもの | 基本的には個人情報に該当しない | 該当しない場合も、送信先と保存先は確認する |
| 本人を認証できるデータへの変換 | 個人識別符号に該当し、単体で個人情報になる | その機能を使うかどうかを、仕様として確認する |
義務でないと分かっても、伝えないほうがよいという結論にはなりません。伝えない運用には別の負担が乗ります。後から「録音していたのか」と言われたときに、説明できる材料が残っていない。参加者が知らないまま音声が社外のサービスへ渡っていたと分かれば、法令の話とは別に取引の関係が傷みます。伝えるかどうかは、法令上の要求ではなく、関係を維持するための運用上の判断として決めるのが実際に合っています。
音声が個人情報になる条件
もう1つのFAQは、通話録音は「基本的には個人情報に該当しません」と説明しています。そのうえで、話者認識システムなどで音声の特徴を「本人を認証することができるデータに変換した場合」には、個人識別符号に該当し、それ単体で個人情報に当たるとしています(個人情報保護委員会 FAQ 1-11、2026年9月3日確認)。境目は録音したかどうかではありません。本人を認証できる形に変換したかどうかが分かれ目です。
議事録AIの話者識別は、この境目の近くにあります。処理は2種類あり、提供元によっては名前で書き分けられています。LINE WORKSは話者分離を「ここからここまでが同じ人の発言である」とグループ分けする技術、話者識別を「あらかじめ登録された『声のデータベース(声紋)』と、入力された音声を照合し、個人を特定する技術」と説明しています(LINE WORKS「話者分離と話者識別の決定的な違いとは?」、2026年9月9日確認)。前者は事前登録が要らず1回の会議で完結し、後者は本人の声の特徴を保存して次回以降にも使います。
ただし、この書き分けは業界で統一されていません。製品の紹介文ではどちらも「話者識別」の一語で説明されていることがあり、機能名だけでは判別できない。契約の前に確かめるのは呼び方ではなく、声を保存するかどうかです。ここが分かれば、個人識別符号として扱う必要があるかどうかの見当がつきます。
個人識別符号に当たるかどうかの当てはめは、保存する内容と使い方によって変わるため、ここで断定はできません。契約の前にツールへ何を聞いておくかは決められます。次の5つを問い合わせの文面にそのまま並べれば足ります。
| ツールへ聞くこと | 何を確かめているか | 回答の受け止め方 |
| 話者の声を登録して次回以降も使いますか | 声の特徴を保存する仕様かどうか | 保存するなら、個人情報として扱う前提で運用する |
| 話者の分離は1回の会議で完結しますか | 会議をまたいで同一人物を追う機能の有無 | 完結するなら、扱いは録音データと同じ範囲にとどまる |
| 音声と文字起こしはどこに保存され、いつ消えますか | 保存先の国と保持期間 | 期間が定まっていなければ、削除の依頼方法まで聞く |
| 入力した音声を学習に使いますか | 学習利用の有無と、停止する手段 | 停止できるなら、設定した日付を記録に残しておく |
| 削除を依頼したとき、要約や議事録も消えますか | 派生したデータの扱い | 音声だけ消えて要約が残る仕様は珍しくない |
回答が返ってこない項目は、そのまま「不明」と書いて残します。不明な項目があるツールを使ってはいけないという意味ではありません。不明なものを使っている自覚を持って、対象にする会議の種類を絞るという意味です。会議に限らず個人情報を入力してよいかの判断は顧客の個人情報を生成AIに入れてよいかで扱っています。
話者識別はどこまでできるのか
精度について書けることは、そう多くありません。測定条件つきの話者識別の精度は、公表されているものが見当たらないのが2026年9月9日時点の状況です。数値を出している提供元はありますが、どのデータセットを使い、どんな会議環境で、何件のサンプルを測ったのかが示されていない。国際的な評価コンテストの順位も同じで、順位そのものは会議室で何割正しく分かれるかを予測しません。
提供元の公式ページで確かめた例を挙げます。Nottaは自社ページで音声認識のテキスト化精度を98.86%としていますが、同じページに騒音レベル・マイク・話者数・距離といった測定条件の記載はありません(Notta 音声認識・テキスト化サービス、2026年9月9日確認)。そもそもこれは文字起こしの精度で、話者ラベルの正しさを示す数値ではない。LINE WORKSは話者分離技術が国際コンペティションDIHARD3(2021年)で世界3位だったと、前掲のページで示しています。どちらも提供元自身が公表した数字であり、業界の相場でも平均でもありません。
そのため、判断材料は自分の会議から作ることになります。1回分で足ります。文字起こしを開いて、話者のラベルが入れ替わっている箇所を数える。全部の発言を数える必要はなく、決定事項に結びついた発言だけを見ます。誰が何を引き受けたのかが入れ替わっていれば、その議事録は使えないという結論になるからです。
1回の会議で測る記録票(記入例)
次の表は記入例です。数値は考え方を示すための仮の値で、どこかで実測した値ではありません。
| 項目 | 記入例(仮の値) | 見方 |
| 会議名と日付 | 週次の営業会議・9月4日 | 会議の型ごとに分けて測る |
| 出席者と参加形態 | 5名(うち2名がオンライン) | 対面とオンラインの混在は誤りが増える |
| 録音の方法 | 会議室のノートPC1台 | 1台録音では、遠い席の声が弱くなる |
| 決定事項に結びついた発言 | 8件 | これが分母になる |
| 話者ラベルが入れ替わっていた発言 | 2件 | 誰が引き受けたかが変わる誤り |
| 業務への影響 | 担当者が逆になった箇所が1件 | 1件でもあれば、担当者は人が確認する |
この記入例で示したいのは、8件のうち2件という比率ではありません。担当者の割り当てが1件でも入れ替わるなら、そこは人が確認する工程として残す、という結論の出し方です。全文を読み直す運用にすると続かないため、確認するのは決定事項の行だけに絞ります。測る回数も、会議の型が変わったときだけで済みます。
分離が崩れやすい条件
どのような場面で分離が崩れるかについては、測定した公表データがありません。ここからは当方の見解です。相槌と発言が重なる会議、対面とオンラインが混在する会議、声質の近い参加者が続けて話す場面、1台のマイクで広い会議室を録る構成では、名前の入れ替わりが起きやすいと考えています。検証したデータではないため、自社の会議で上の記録票を1回埋めて確かめてください。
要約と固有名詞で起きる誤り
話者のラベルが正しくても、議事録の中身が間違っていることはあります。誤りの出方は2つに分かれます。文字起こしの段階で固有名詞や専門用語が別の語へ置き換わるもの、要約の段階で言っていないことが補われたり、決定の条件が落ちたりするもの。前者は読めば違和感で気付きますが、後者は文章として整っているぶん見落としやすい。
要約で困るのは、条件つきの決定が条件なしの決定へ書き換わる場合です。「先方の承認が取れれば来月から」という発言が「来月から開始」と要約される。日付も担当者も合っているので、読み返しても誤りに見えません。防ぐ手数は1つで足ります。決定事項の行だけ、「〜が取れれば」「〜次第」「暫定で」に当たる語が落ちていないかを見ます。
固有名詞と専門用語の誤変換は、事前の登録である程度減らせます。取引先名、製品名、社内の略語を辞書へ登録できる製品は珍しくありません。ただし登録そのものが運用の負担になるため、全部を入れようとすると運用が続かない。名前を間違えると差し支えのある取引先と、金額や納期に関わる用語だけに絞る。20語ほど入れておけば、あとから増やす機会はそう多くない。
| 誤りの型 | どこで起きるか | 見つけ方 |
| 話者ラベルの入れ替わり | 話者の分離・識別 | 決定事項の行の担当者だけを見る |
| 固有名詞・専門用語の誤変換 | 文字起こし | 取引先名と、金額や納期の単位を目で追う |
| 決定の条件が落ちた要約 | 要約 | 「〜次第」「暫定で」に当たる語の有無を見る |
| 言っていないことの補完 | 要約 | 決定事項だけを文字起こしの原文と突き合わせる |
どこまで人が見るかは、会議によって変わります。決定事項が動かない情報共有の会議なら、要約だけ読んで終わりでかまいません。担当と期日が動く会議は、話者ラベルと条件を示す語の2点を見る。どちらの型かを会議の名前で決めておけば、毎回その場で考えずに済みます。
誰が、いつ、何を伝えるか
伝える人は、会議を招集した人です。記録を任された人ではありません。招集していない人が「録音してよいですか」と切り出すと、その場の力関係で決まってしまい、参加者は断りにくくなります。タイミングは招集の連絡と開始の直後、この2回に分けると無理がありません。会議の型ごとに整理すると次のようになります。
| 会議の型 | 伝える人 | いつ | 伝える内容 |
| 社内だけの定例 | 招集者 | 初回に一度 | 録音して文字起こしを使うこと。以降は都度伝えない |
| 社外の人が同席する会議 | 招集者 | 招集の連絡と開始直後の2回 | 録音の有無、外部サービスへ送ること、保存期間 |
| 初対面の商談 | 自社側の招集者 | 開始直後 | 録音するかどうか。断られたら使わないと先に言う |
| 人事・評価に関わる会議 | 招集者 | 開始前 | 原則として録音しないこと |
| 採用の面接 | 面接の担当者 | 開始前 | 録音の有無と、記録の保管先 |
開始直後の言い方は、長くしないほうが通ります。「議事録を作るために録音して、文字起こしのサービスに通します。共有先は社内だけです。差し支えあればおっしゃってください」。この程度で足ります。最後の一言が、断る余地を残している部分です。ここを省くと、伝えたが断れなかった、という状態になります。
伝えた記録も、会議の記録の中に残しておきます。議事録の冒頭に「録音あり/なし」と保存期間を1行で書くだけで足ります。後から確認できる形になっていれば、伝えたかどうかで揉める余地がなくなる。参加者から問い合わせが来たときに答えられるのも、この1行があるおかげです。
断られたときにどうするか
断られる場面は3つに分かれます。録音そのものを断られる、外部のサービスへ送ることを断られる、記録を残しておくことを断られる。3つをまとめて「録音NG」と扱ってしまうと、使える代替まで一緒に捨てることになります。どれを断られたのかで、進め方が変わってきます。
| 断られた内容 | そのときの進め方 | 残るもの |
| 録音そのもの | 人が箇条書きでメモを取り、そのメモをAIに整形させる | 文字起こしはないが、議事録は作れる |
| 外部サービスへの送信 | 録音は残し、要約はかけずに人が聞き直す | 音声が社外へ出ない状態を保てる |
| 記録を残すこと | 当日に議事録を作り、音声はその日のうちに消す | 決定事項の記録だけが残る |
| 一部の参加者だけが断った | その会議は全体で使わない | 記録の作り方が参加者によって変わらない |
最後の行が、実務ではいちばん効きます。5人のうち1人が断ったときに、その人の発言だけ録音しないという運用は成立しません。1人が断ったらその会議は録音しない、と決めておく。この形にしておくと、断る側も言い出しやすくなり、後から不満が残ることも減ります。
メモを整形させる形は、文字起こしを使う形に比べて手間が増えそうに見えます。実際には、会議中に3行のメモを取っておけば、あとの整形は数分で終わります。断られたときの備えとしてだけでなく、話者の分離が崩れやすい対面の会議では、最初からこの形のほうが早い場合もあります。
この会議では使わない、と決める線

機密レベルを定義して利用制限をかける方式は、定義する担当者がいる会社の作り方です。10〜20名の会社では、その表を作る前に来週の会議が始まります。代わりに使えるのは、会議の名前で決める方式です。使ってよい会議を選ぶのではなく、使わない会議を数個だけ挙げ、会議招集のテンプレートに書いておく。誰が招集しても同じ判断になります。
挙げる基準は3つの問いで足ります。その場にいない個人の評価や処遇の話が出るか。相手が「ここだけの話」として話す可能性があるか。記録が外へ出たときに困るのは、会社ではなく個人か。1つでも当てはまる会議は、録音せず人が書きます。判断に迷った会議は、当てはまる側へ寄せておくほうが後の手戻りが小さくなります。
線を引く判断は、入力してよい情報の線引きと地続きです。会議に限らない全般の基準は生成AIに入力してはいけない情報にまとめています。すでに出してしまったことが分かった場合は、線引きを直すより先に生成AIで事故が起きたときの初動を読むほうが早く収まります。
よくある質問
録音を伝えないまま数か月使っていました。何かする必要はありますか
個人情報保護委員会のFAQは、録音していることを伝える義務までは負わないとしています。一方で、利用目的の通知または公表は別の義務として示されています。まず、会議の音声を何のために使っているかを言える形にしておく。そのうえで次回以降を伝える運用へ切り替えれば、さかのぼって取り消すべきものは生じにくいと考えられます。個別の事案では結論が変わるため、原典と、内容によっては専門家の確認を挟んでください。
議事録AIのデメリットは、結局どこにありますか
誤りが出ることそのものより、確認の工程が消えることがデメリットです。人が書いていた頃は、書く過程で内容を一度読み直していました。自動で出てくると、その読み直しが省かれたまま共有されます。デメリットを小さくする方法は、精度の高いツールを選ぶことではありません。決定事項の行だけを誰が見るか、名前を決めて残すことです。
話者識別を使わなければ、精度は気にしなくてよいですか
話者の名前を使わないなら、入れ替わりによる誤りは起きません。残るのは、言っていないことが補われる誤りです。こちらは決定事項の文だけを読めば見つかります。話者識別を切って、発言者は人が書き足す。10名程度の会議なら、この形が手数としても現実的です。
対面の会議を、スマートフォン1台で録音してもよいですか
音声としては録れます。ただし遠い席の声が弱くなり、話者の分離もそこから崩れていきます。対面では、話者のラベルを信用せず、決定事項をその場で口頭確認して記録する形が確実です。マイクを買い足す前に、会議中の一言を増やすほうが結果に効きます。
社外の人から、文字起こしを共有してほしいと言われました
その場で共有範囲を答えないほうがよい場面です。文字起こしには、会議前後の雑談や社内向けの発言が混ざります。社外へ渡すのは決定事項をまとめた議事録だけにする、という線を先に決めておく。決めてあれば、聞かれたときに迷わず答えられます。
出典
- 個人情報保護委員会 FAQ 通話内容の録音と利用目的の通知・公表について 2026年9月3日確認
- 個人情報保護委員会 FAQ 通話録音と個人識別符号の関係について 2026年9月3日確認
- LINE WORKS 話者分離と話者識別の決定的な違いとは? 2026年9月9日確認
- Notta 音声認識・テキスト化サービス 2026年9月9日確認
今週の会議で1つだけ着手するなら、次の招集メールに1行を足すところからです。「議事録作成のため録音します。差し支えあればご連絡ください」。この1行があると、開始直後に言い出せなかった場合の逃げ道も残り、録音の可否を毎回その場で判断する状態から抜けられます。
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