調査

中小企業のDX事例5社|従業員30人以下の公的事例を、自社に当てはまるか判定した

事例集は「参考になる」前提で並びますが、規模や業種が違えば当てはまりません。中小機構が公表する従業員30人以下の5社を実際に読み、事務系10〜20名の会社が真似できるかを判定しました。うち1社は参考にならないと判断しています。

中小企業のDX事例5社|従業員30人以下の公的事例を、自社に当てはまるか判定した

この記事は、他社のDX事例を読んだものの、自社で何をすればよいのか分からないままになっている中小企業の経営者と管理部門に向けたものです。従業員10〜20名で、専任のIT担当がいない事務系の会社を想定しています。

事例集は「参考になる事例」として並びます。しかし規模や業種が違えば、同じことはできません。この記事では、公的機関が公表している5社を実際に読み、自社に当てはめられるかを1社ずつ判定しました。結果として、1社は「参考にならない」と判断しています。

結論

事例は数を読んでも動けるようになりません。打ち手の対象が自社にあるか、規模が近いか、投じた資源が近いか。この3つで判定します。1つ目で外れたら、そこで読むのをやめて構いません。公的事例5社を判定した結果、そのまま使えたのは2社でした。従業員10人の事例が参考にならず、17人の製造業の事例に使える部分があった、という結果です。規模が近いことは、当てはまることを意味しません。

「中小企業のDX事例」で検索すると、上場企業を含む事例が中小企業の事例として並ぶことがあります。A社・B社という書き方で、企業名を出さない事例だけで構成された記事も見かけます。どちらも読み物としては成立しますが、規模と条件を自社と突き合わせる材料にはなりません。この記事が従業員30人以下・実名・出典URLつきの5社に絞ったのは、読者が自分で出典まで戻って確かめられる形にしたかったからです。

中小企業でDXはどこまで進んでいるか

中小機構が公表した中小企業のDX推進に関する調査(2025年)は、令和8年2月に公表されたものです。対象は全国の中小企業経営者・経営幹部(個人事業主を除く)1,000社で、方法はWebアンケート、調査期間は令和7年12月5日から12月18日まで。確認日は2026年9月7日です。

この調査は従業員規模ごとの回答を分けて示しており、規模が小さい会社ほどDXに手を付けていない、という差がはっきり出ています。次の表は、従業員20人以下と101人以上の回答を並べたものです(図表7)。

DXへの取組状況従業員20人以下(n=530)従業員101人以上(n=227)
既に取組んでいる9.6%34.8%
取組みを検討している11.7%33.0%
上の2つの合計21.3%68.0%
必要だと思うが取組めていない31.1%本調査の公表資料から確認できず
取組む予定はない47.5%本調査の公表資料から確認できず

目を引くのは、従業員20人以下の47.5%が「取組む予定はない」と答えている点です。101人以上では取組済みと検討中で68.0%に達しており、規模による差は3倍以上に開いています。小さな会社ほど、DXという言葉が自社の話として届いていません。

その理由も同じ調査に出ています。「取組む予定はない」と答えた315社が挙げた理由の1位は「具体的な効果や成果が見えない」で25.7%。「予算が不足している」20.6%や「推進できる人材がいない」16.8%より上に来ました。事例を読んでも動けないという本記事の前提は、思いつきではなく調査に現れている状態です。

事例を読んでも動けないのはなぜか

事例記事の多くは、うまくいった会社の話です。何をやったかは書かれていますが、その会社の条件が自社と同じかどうかは書かれていません。

従業員200名の製造業が工場の機械をネットにつないで成果を出した話は、事実として正しくても、従業員15名で請求書と問い合わせ対応をしている会社には当てはまりません。読んだ人は「うちには無理だ」と感じるか、規模の違いに気付かないまま同じ手順を試して止まります。必要なのは事例の数ではなく、当てはまるかどうかを自分で判定できることです。

判定に使う3つの軸

事例を読み始めたとき(先に見るのは、手順ではありません で 2 つに分かれる図)

事例を読むときは、次の3つを順に見ます。1つ目で外れたら、その先を読む必要はありません。

見るところ外れる例
打ち手の中核が自社にあるかその会社が変えた対象が、自社にも存在するか工場の機械、農地、店舗の棚。事務系には対応する資産がない
規模が近いか従業員数。意思決定と教育にかかる手間が変わる3人の会社の合意形成は、20人では成立しない
投じた資源が近いか費用、期間、担当者の人数専任のシステム担当がいる、億単位の投資がある

1つ目が最も重要です。変えた対象が自社に存在しないなら、規模が近くても真似できません。逆に、対象が同じであれば、規模が違っても考え方は移せます。

公的事例5社を判定した結果

中小機構(独立行政法人 中小企業基盤整備機構)が運営するJ-Net21の「中小企業とDX」から、従業員30人以下の5社を読みました。企業名・従業員数・所在地が明記されている公的な事例です。確認日は2026年8月27日です。

企業従業員業種判定
株式会社ケイリーパートナーズ23人事務代行そのまま使える
株式会社ソロン26人不動産そのまま使える
株式会社高梨製作所17人精密成形考え方は使える。業種の置き換えが要る
有限会社イヴニングスター3人Web制作・DX支援考え方は使える。規模の置き換えが要る
もりやま園株式会社10人農業・酒造参考にならない

5社のうち、そのまま使えるのは2社でした。従業員数だけを見れば5社とも30人以下ですが、事務系の会社が同じ手順を取れるかは別の話になります。

そのまま使えると判定した2社

株式会社ソロン(26人・不動産)

着手前の状態が、事務系の会社で起きることと同じです。営業管理と顧客管理で複数のソフトを併用し、同じデータを3〜4回入力していました。誤入力が起き、原因の特定に時間がかかり、誰が間違えたかを探すことが職場の人間関係を悪化させていた、と記載されています。

打ち手は業務システムの一元化です。他の加盟店の事例を視察したうえでkintoneを採用し、DX専任社員を指名して、外部のコンサルティング会社の支援を受けているとあります。全体像は経営トップが設計し、現場の使い勝手は部門責任者が監修するという分担が明記されています。

この事例に削減時間や生産性の数値は記載されていません。重複入力が解消され、データをリアルタイムで見られるようになった、という記述にとどまります。数値が無いことは弱点ではなく、順序と体制のほうがこの事例の価値です。手順と自社への置き換えは同じデータを3〜4回入力していた会社が最初にやったことで詳しく扱っています。

出典: J-Net21「『現状維持は後退である』、社名のごとく進化を継続」(2023年5月29日掲載)

株式会社ケイリーパートナーズ(23人・事務代行)

業種が事務代行で、対象読者に最も近い会社です。クラウドツールを導入してデータを一元管理し、進捗をリアルタイムで共有したうえで、1日2時間から働ける体制を作りました。案件ごとに柔軟にチームを組む仕組みも記載されています。

記載されている数値は、業務の約48%を在宅で実施、スタッフの約5分の1が2時間勤務を選択、全体の平均勤務時間は約4時間、というものです。

ただし導入の順序、期間、費用は書かれていないままです。働き方のモデルとしては参考になりますが、そのまま手順書にはなりません。この記事で扱った5社の中では、実装の手がかりが最も少ない事例です。

出典: J-Net21「『1日2時間から』子育て中の母親が無理なく働ける職場環境を実現」(2025年4月28日掲載)

置き換えが要ると判定した2社

株式会社高梨製作所(17人・精密成形)

従業員17名で、規模は対象読者と重なります。ただし成果の中核は成形機15台をネットにつないだことに由来しており、事務系の会社にはこれに対応する設備がありません。記載されている「段取り時間を年間延べ12,000時間から2,900時間へ」という数値も、事務系企業が目標として転用できる数値ではない、ということです。

一方で、最初の段階は事務系にそのまま移せます。外線電話を廃止して携帯電話を配布し、ファックスを廃止してメールとSNSに統一し、勤怠管理と経理をクラウド化して従業員が直接入力する体制にした、という部分です。

この事例には5社で唯一、失敗の具体的な記載があります。導入初期に選んだ安価版の生産管理システムが自社になじまず、3年で入れ替えを余儀なくされた、というものです。これは業種を問わず起きます。詳しくは安いシステムを選んで3年で入れ替えた事例で、選定前に確認する項目まで整理しています。

出典: J-Net21「深刻化する人口減少に危機感 IoT活用『業務の無駄』をカット」(2024年11月18日掲載)

有限会社イヴニングスター(3人・Web制作)

打ち手そのものは事務系に移せます。無料のアプリやクラウドサービスを試験導入し、1週間使ってから採否を決めるというサイクルを繰り返し、最終的に15種類を正式採用しています。費用は「ゼロ円で開始」とあります。

記載されている結果は、可処分時間を年間約252時間創出、売上高が約30%増、人員は3人のまま、というものです。

置き換えが要るのは規模です。従業員3人だから、決めたその日に全員へ行き渡ります。10〜20名では、誰が試すか、いつ全員へ広げるか、使わない人をどうするかを別に決めなければなりません。この工程が抜けると、一部の人だけが使う状態で止まります。

出典: J-Net21「『小さな会社』を強みに低予算・短期間で成果」(2024年2月13日掲載)

参考にならないと判定した1社

もりやま園株式会社(10人・青森県弘前市)は、りんご農園の木1800本にQRコード付きタグを貼り、作業記録をデジタル化して品種別の労働生産性を分析した事例です。廃棄していた摘果果実をシードルとして事業化し、年間約3000万円の売上になったと記載されています。

取り組みとしては優れていますが、打ち手の中核が「農地の木1本ごとの資産管理」であり、事務系の会社にこれに対応するものがありません。新規事業への投資額も約1億円と記載されており、前提が異なります。

従業員10人という数字だけを見れば対象読者と同じです。規模が近いことは、当てはまることを意味しません。判定の1つ目の軸で外れる、という例としてここに挙げました。

出典: J-Net21「りんご栽培の作業を『見える化』」(2022年12月26日掲載)

事例集を読むときに知っておくこと

5社を読んで分かったことがあります。5社中3社に、失敗やつまずきの記載がありません。公表される事例は、成果が出た後に整理して書かれたものです。途中でやめた判断や、選び直した経緯は、多くの場合そこに残りません。

記載されているか件数(5社中)扱い
失敗・つまずき2社書かれていれば最優先で読む
費用(金額)2社無い場合、自社の予算根拠にはできない
所要期間3社無い場合、計画の目安にできない
成果の数値4社業種が違えば転用できない

費用の欄が2社にとどまることは、この5社から相場を出せないことを意味します。金額が読めるのは、イヴニングスターの「ゼロ円で開始」と、もりやま園の新規事業約1億円の2件だけです。ゼロ円と1億円という両端に振れており、この2つを平均しても自社の予算根拠にはなりません。

相場の代わりに置けるのは、公的な補助の枠です。中小機構のデジタル化・AI導入補助金2026(中小企業デジタル化・AI導入支援事業)の通常枠は、補助率が1/2以内で、補助額は1プロセス以上で5万円以上150万円未満、4プロセス以上で150万円以上450万円以下と定められています。国が中小企業のIT投資として想定している幅がここに出ている、と読むことはできます。確認日は2026年9月7日です。

したがって、事例から取り出すべきは数値ではなく順序です。何を先に決めたか、誰が担ったか、どこで方針を変えたか。これらは業種が違っても移せます。

事例をどこで探すか

5社を読み終えた後に自分で探し続けるなら、公的機関が公開している事例の索引を使います。次の4つは、いずれも実名で企業を掲載しており、掲載元のページから出典をたどれます。どれも無料で、会員登録も要りません。確認日は2026年9月7日です。

探し場所載っているもの絞り込みの単位
J-Net21「中小企業とDX」(中小機構)本記事で読んだ5社の出典。実名・従業員数・所在地つき特集内の掲載順のみ
東京商工会議所「中小企業のデジタル活用・DX事例集」実名40件(vol.1〜40)従業員規模6区分(5名以下/6〜10名/11〜20名/21〜50名/51〜100名/101名以上)、業種、所在区、導入したもの、解決した課題
埼玉県DX推進支援ネットワーク「中小企業のデジタル化・DX事例」実名99件従業員数4区分(1〜5人/6〜20人/21〜50名/51人以上)、業種19分類、取組みテーマ12項目、活用した支援9種類
経済産業省「DXセレクション」経産省とIPAが中堅・中小企業等の優良事例を選定するもので2022年から実施。2026年はグランプリ1者・準グランプリ2者・優良事例8者の計11者2022〜2026年の選定企業一覧(ExcelとPDF)と、各年の選定企業レポート

4つのうち2つは、従業員規模で絞り込めます。東京商工会議所は6区分、埼玉県は4区分で、どちらも20人前後の会社に該当する事例だけを取り出せます。本記事が従業員30人以下に絞ったのも同じ理由で、規模を揃えないと意思決定と教育にかかる手間の前提が変わってしまうためです。DXセレクションは規模での絞り込みがない代わりに、選定企業ごとのレポートで取組の経緯まで読めます。

5社から取り出せる共通点

業種も規模も違う5社に、共通していることがありました。

共通点内容自社での置き換え
経営者が全体像を決めている5社すべてで代表が方針を設計している誰が決めるかを先に決める
現場の使い勝手を別の人が見ているソロンと高梨製作所は明確に分担決める人と使う人を分ける
外部を部分的に使っている商工会議所の講座、地元IT企業、コンサルティング会社全部を外に出さず、判断は社内に残す
小さく試してから広げている高梨は機械3台から15台へ、イヴニングスターは1週間試用最初の対象を1つに絞る

4つ目が特に重要です。5社とも、最初から全社へ広げていません。事例の見出しは完成した姿を書きますが、本文を読むと、いずれも狭い範囲から始めています。

自社で最初にやること

中小機構の2025年調査では、従業員20人以下の522社が挙げた課題に「何から始めてよいかわからない」が20.9%で並んでいます(図表16)。「予算の確保が難しい」28.1%、「具体的な効果や成果が見えない」22.5%、「ITに関わる人材が足りない」21.1%と、上位はほぼ横並びです。順序が分からないことは、予算や人材と同じ大きさの壁として現れています。

事例を読む前に、自社の状態を1つ書き出します。「同じデータを2回以上入力している業務はどれか」です。5社のうちソロンが着手した理由がこれでした。

やることは3つの段階に分けられます。それぞれに「終わったと言える条件」を付けておくと、途中で手が止まったときにどこまで進んだのかが分かります。第3段階まで終われば、事例を読み直す準備ができた状態です。

段階やること終わったと言える条件
第1段階同じデータを2回以上入力している業務を1つ書き出す業務名と担当が紙に書けた
第2段階その業務を業務棚卸し表の項目で記録する月あたりの所要時間が数字で出た
第3段階5社のうち打ち手の中核が同じ事例を選び直すどの事例のどの段階を真似るかが1つに決まった

書き出せたら、その業務について業務棚卸し表の作り方の項目で記録します。時間と担当が分かると、事例のどれが近いかを判断できるようになります。

着手の順序そのものは中小企業のDXは何から始める?最初の90日で扱っています。重複入力の解消を設計する場合はSaaS連携で二重入力をなくすを参照してください。

よくあるご質問

同じ業種の事例だけを読めばよいですか

同じ業種のほうが当てはまりやすいのは確かです。ただし業種が同じでも、変えた対象が自社に無ければ真似できません。逆に業種が違っても、重複入力や情報共有のように事務作業が対象であれば移せます。業種より、何を変えたかを見ます。

公的機関の事例と、企業のサイトの事例は違いますか

違います。公的機関の事例は企業名と規模が明記され、出典をたどれます。企業のサイトに載る導入事例は、その企業の商品を売る目的で書かれているため、うまくいかなかった部分が省かれやすくなります。どちらも読んで構いませんが、後者の数値をそのまま自社の判断根拠にはしません。

「A社(製造業)」のように匿名の事例は使えますか

検証できないため、判断の根拠にはできません。企業名が無いと、規模も業種の詳細も確認できず、書かれた数値の裏も取れないままです。参考として読むにとどめ、自社の計画の前提には置きません。

うちの規模に合う事例が見つかりません

従業員10〜20名の事務系企業の事例は、公表数そのものが多くありません。見つからない場合は、規模の大きい事例から最初の段階だけを取り出します。高梨製作所の例で言えば、外線電話やファックスの廃止、勤怠と経理のクラウド化という第1段階は、規模に関係なく実行できます。

補助金を使えば事例と同じことができますか

補助の対象と、事例が実際に使ったものは範囲が違います。デジタル化・AI導入補助金の通常枠が対象とするのはソフトウェア購入費とクラウド利用料(最大2年分)で、5社が投じた時間や、誰が決めて誰が使うかという体制はここに含まれません。中小機構の2025年調査でも、DX推進に向けて期待する支援策の1位は補助金・助成金の43.9%でした。ただし「先進事例の公表」は11.8%にとどまり、「取組む予定はない」理由の1位は資金ではなく「具体的な効果や成果が見えない」の25.7%です。足りないのは事例の数でも金額でもなく、自社で効果を見積もれることだと読めます。

今日できることは、同じデータを2回以上入力している業務を1つ書き出すことです。それが決まると、どの事例を読むべきかが決まります。

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編集者K

技術確認: 編集者K/ 最終更新: 2026.09.07