システム導入の失敗というと、動かない、使われない、費用が膨らむ、といった形を思い浮かべます。実際にはもうひとつの現れ方があります。人が辞めることです。この記事で扱うのは、公的な事例集に記録されている1社です。従業員10〜20名で、経理を1〜2名で回している会社の担当者に向けて書いています。
この事例から持ち帰れること
会計システムの導入に失敗した会社で、その後に経理部の社員が全員退職しています。出典にはそう書かれているだけで、原因も、その後どう業務を回したかも記されていません。読み取れるのは、システムの失敗が業務の停止ではなく人の離職として表面化した、という一点です。導入の可否を検討するとき、失敗したときに誰にどれだけの負荷がかかるかは、費用や機能の比較表に出てきません。そして経理が1〜2名の会社では、1人が抜けることの影響が、38名の会社で部署が空くことより大きくなります。人数が少ないほど、1名の喪失が占める割合は上がっていきます。
扱う会社
| 項目 | 内容 |
| 企業名 | 芝園開発株式会社 |
| 所在地 | 東京都足立区 |
| 従業員数 | 38名 |
| 事業内容 | 時間貸し駐輪場の運営、放置自転車対策業務など |
| 設立 | 1986年 |
| 出典 | 東京商工会議所 デジタル化支援 事例(vol.29) |
出典: 東京商工会議所「デジタル化支援」事例 vol.29(掲載日の記載なし/確認日 2026年9月1日)業種はサービス業で、現場作業を持つ会社です。ただし今回扱う会計システムの話は事務系の中心にあたるもので、内勤中心の会社にも同じ形で起こります。この事例がどの段階に当たるかは、中小企業のDX失敗事例で扱っています。
出典に書かれていること
2006年、駐車場事業がガソリン価格の高騰と競争の激化で採算に乗らなくなり、施設ごとの収支を把握する必要が生じました。そこで会計システムを導入しています。この導入が失敗に終わりました。出典には、経理部の社員が全員辞める事態に陥り、社内の雰囲気が悪くなって士気も下がった、と記されています。
その後、改良版を導入して収支の把握には成功しています。2010年頃から官公需の事業に注力し、2015年に社内へシステム部門を設置。IT技術者を直接雇用し、システム会社と共同で放置自転車対策のシステムを6か月で作っています。2024年5月には、そのシステム部門を独立させて法人化しました。官公需事業の売上割合は2016年の22%から2023年に69%へ、売上高で約4.7倍になったと記載があります。
出典に書かれていないこと
この事例で目を引くのは、書かれていない項目の多さです。
| 知りたいこと | 出典の記載 |
| 導入にかかった費用 | 記載なし |
| 失敗した会計システムの製品名・種別 | 記載なし |
| なぜ合わなかったのか | 記載なし |
| 経理部の人数、退職までの期間 | 記載なし |
| 経理が空席になった後、実務をどう回したか | 記載なし |
| 改良版の内容、再導入までの期間 | 記載なし |
| 再導入時に何を変えたか | 記載なし |
| 再発防止として制度化したもの | 記載なし |
書かれているのは「失敗した」「経理部が全員辞めた」「その後、改良版で成功した」の3点だけです。この記事は、その空白を推測で埋めません。埋めた時点で事例ではなくなります。ただし、書かれていないこと自体が何かを示しています。公表される事例は成果が出た後に整理されるため、途中で何が起きたかは残りにくくなります。失敗の記述が1行だけ残り、その内訳が消えているのは、記録として自然な形です。
なぜ人が辞めるところまで行くのか
公的な調査が挙げている原因
会計システムに絞って失敗の原因を数えた公的な統計は、探した範囲では見当たりませんでした。範囲をデジタル化全般まで広げると、中小企業庁の白書が課題の内訳を示しています。2021年版中小企業白書は、デジタル化推進による効果の有無で企業を分けたうえで、効果が出なかったと実感している企業は、効果が出たと実感している企業に比べ、明確な目的・目標が定まっていないことや資金不足を挙げる割合が高い傾向にある、と記しました。従業員数の少ない企業に限って見た場合も、挙がる課題は同じこの2つへ寄っています。
出典: 中小企業庁「2021年版中小企業白書」第2部第2章第3節 中小企業のデジタル化推進に向けた課題(確認日 2026年9月8日)。同じ節は、全産業に共通する課題の上位として、アナログな文化・価値観が定着していること、明確な目的・目標が定まっていないこと、組織のITリテラシーが不足していることの3つを挙げています。ただしこれは2021年に公表された、デジタル化全般についての調査です。芝園開発が2006年に何でつまずいたかを、ここから決められるわけではありません。
白書が挙げている課題は、そのままの言葉では会計システムの検討へ持ち込めません。次の表の左列は白書の記載で、右列は会計システムの検討でどう現れるかを当方が言い換えたものです。右列は白書に書かれている内容ではありません。
| 白書が挙げている課題 | 会計システムの検討では、どう出るか |
| アナログな文化・価値観が定着している | 紙と表計算の手順が残り、新旧の入力が二重になる |
| 明確な目的・目標が定まっていない | 無くす作業が決まらないまま、機能と価格の比較だけが始まる |
| 組織のITリテラシーが不足している | 設定変更と不具合の切り分けを頼める人が社内にいない |
| 資金不足 | 初期費用で決め、保守と改修の費用が後から積み上がる |
経理という業務が持つ、逃げ場のなさ
ここからは当方の見解で、出典に書かれている内容ではありません。会計システムの導入が合わなかったとき、業務が止まるわけではありません。決算も支払いも締め日は動かないため、システムで処理できない分は人が手で埋めます。合わないシステムは、経理担当の作業を減らすのではなく、二重に増やします。
増えた負荷は、決めた人ではなく使う人にかかります。そして経理は、締め日が動かせないという点で他の業務と違います。遅らせて調整する余地が小さく、負荷がそのまま時間外へ出ます。
システムの失敗が人の離職として現れるのは、この経路をたどった場合だと考えられます。ただし芝園開発でそうだったかは、出典からは分かりません。
一度失敗した後、この会社が取った順序
出典を時系列で追うと、失敗の後に取った手順が読み取れます。ただし各段階の意図は書かれていないため、以下は記載されている事実の並びです。
| 時期 | 出典に記載されていること |
| 2006年 | 会計システムを導入し、失敗。経理部の社員が全員退職 |
| その後 | 改良版を導入し、施設ごとの収支把握に成功 |
| 2010年頃 | 官公需の事業に注力し始める |
| 2015年 | 社内にシステム部門を設置。IT技術者を直接雇用 |
| 同年 | システム会社と共同で、放置自転車対策のシステムを6か月で開発 |
| 2016年 | 現場端末をタブレットから業務用スマートフォンへ変更。音声入力とカメラガイドを追加 |
| 2024年5月 | システム部門を独立させて法人化 |
失敗から社内へIT技術者を雇うまでに9年、システム部門を法人化するまでに18年かかっています。一度の失敗の後、外注をやめて内製へ寄せた、という形です。
ただしこれは38名で、現場作業と自社サービスを持つ会社の選択です。10〜20名の事務系の会社が技術者を雇うのは現実的ではないでしょう。取り出せるのは「失敗の後に体制を変えた」という事実までで、内製化そのものは移せません。
同じく失敗の後に方針を変えた記録として、株式会社ツバサ・翼学院グループ(40名・学習塾ほか)が2013年にオンライン学習塾を断念し、2015年に再開して2020年3月に開講した、という経緯が別の事例に記載されています(東京商工会議所「デジタル化支援」事例 vol.5/掲載日の記載なし/確認日 2026年9月1日)。断念の理由は記載されていません。
2006年の事例を、そのまま現在に当てはめない
この失敗は2006年です。クラウド型の会計サービスが普及する前で、選べる製品も契約の形も現在とは違います。
| 当時 | 現在 | 判断への影響 |
| 買い切り・自社導入が中心 | 月額契約が選べる | やめる判断の重さが違う |
| 試用が難しい | 無料期間や小規模プランがある | 全面導入の前に試せる |
| データの持ち出しが難しいことがあった | 書き出し機能を持つ製品が多い | 移行の可否を契約前に確認できる |
したがって「安いものを選ぶな」「よく検討しろ」といった教訓に直訳するのは適切ではありません。現在は、当時になかった逃げ道が用意されています。
システム選定そのものの確認項目は安いシステムを選んで3年で入れ替えた事例で、別の会社の記録をもとに整理しています。
経理が1〜2名の会社で確認すること
導入を検討する段階で、機能と費用の比較とは別に見ておく項目があります。
| 確認すること | なぜ見るか | 確認のしかた |
| 合わなかったとき、誰が手で埋めるか | 負荷は決めた人ではなく使う人にかかる | その人の名前を先に挙げる |
| 締め日をずらせるか | ずらせない業務は負荷が時間外へ出る | 決算・支払・給与の締め日を確認する |
| 元の手順に戻せるか | 戻せないと、合わないまま使い続けることになる | 旧システムをいつまで残すかを決める |
| 試用できる範囲 | 全面導入の前に確かめられるか | 1か月・1部署で試せるかを聞く |
| データを取り出せるか | やめる判断が可能かどうかを決める | 契約前に書き出し形式と期限を確認する |
| いまの受け渡し先とつながるか | つながらない分は手作業で戻ってくる | 給与・販売管理・税理士への提出物の形式を確認する |
1つ目が中心です。合わなかったときに手で埋める人が、選定の場にいるかどうか。いない場合、その負荷は検討の材料に入りません。
3つ目については、旧システムの残し方をレガシーシステムの移行計画で扱っています。
失敗の記録が公になりにくい理由
当編集部が公的な事例集から従業員50人以下の会社を読んだ範囲では、つまずきや失敗の記述がある事例は限られていました。芝園開発のように、退職という結果まで書かれている例はさらに少数です。
業務改善に取り組む当事者のあいだでも、この偏りは自覚されています。オンラインのコミュニティでは、成功事例ばかりが出回るため失敗談を集めたい、という趣旨で話題が立つことがあります。ただしこれらは未検証の発信であり、公的な事例と同じ確度のものとして扱うことはできません。
この記事が芝園開発の1行を扱うのは、検証できる形で残された失敗の記述が希少だからです。
撤退の条件を先に決めておく

芝園開発が失敗をいつ失敗と判断したかは、出典に書かれていません。ただし、判断が遅れるほど負荷を引き受ける人の消耗が進むことは、結果から推測できます。
導入前に、次のどれかに当たったら止める、という条件を書いておくと、判断の重さが下がります。
| 条件 | 確かめ方 | 当たったときの動き |
| 締め日に間に合わせるため、手作業の併用が2か月続いた | 月次の締め作業にかかった時間を記録する | 並行運用をやめ、どちらかに寄せる |
| 担当者の時間外が導入前より増えた | 月の時間外を導入前と比べる | 対象範囲を狭めるか、いったん戻す |
| 想定していなかった手順の追加が3件を超えた | 運用開始後に足した作業を書き出す | 要件が合っていない可能性を検討する |
| 担当者から改善の話が出なくなった | 月1回、困っていることを聞く | 負荷の偏りを確認する |
最後の項目は数字に出ない性質のものです。意見が出てこなくなることは、うまくいっている合図ではありません。
条件を書いておく意味は、止めるときに個人の判断にしないことにあります。決めた人が自分の判断を否定する形になると、撤退は遅れます。
この事例が当てはまらない場合
| 状況 | 別に見るもの |
| すでに導入済みで、使われていない | AIを入れたのに使われない |
| 既存システムを直すか入れ替えるかの判断 | システムは改修か刷新か |
| 保守を頼む会社だけを変える | システム保守の引き継ぎ |
| 自動化の手段をまだ決めていない | 定型業務の自動化 |
順に、AIを入れたのに使われない、システムは改修か刷新か、システム保守の引き継ぎ、定型業務の自動化を参照できます。
よくあるご質問
2006年の事例を、いまの検討に使ってよいですか
そのままは使えない前提で読みます。会計制度も製品も変わっており、当時の製品名や価格帯を現在の選定へ持ち込む根拠にはなりません。この事例から取れるのは、導入後に業務が回らなくなると人が辞めるところまで行く、という因果の形だけです。出典には原因も対処も書かれていないため、それ以上は読み取れません。
経理が1名の会社でも、同じことが起きますか
起きやすい条件は揃います。移行の期間中は旧システムと新システムの両方へ入力する状態が生まれますが、担当が1名だとその負荷を代われる人がいません。人数が少ない会社ほど、切替日より先に「誰がいつ代わるか」を決めておく必要があります。
失敗した事例は、どこで探せますか
公的な事例集にもほとんど載りません。事例は支援機関や導入企業の合意のうえで公開されるため、うまくいかなかった案件は記事化の段階で外れます。件数が少ないこと自体が、失敗が起きにくいことを意味するわけではありません。
規模がもっと近い事例を探す場合はツールより先にルール、得意な人より先に苦手な人(11名と40名の会社)、削減できた時間の行方を知りたい場合は効率化しても仕事が増えるのはなぜか(従業員50人以下13社)で、事務系に近い規模の記録を扱っています。
会計や販売管理のシステムを検討している段階なら、合わなかったときに手で埋める人を1名挙げて、その人を選定の場に入れるところからになります。機能の比較より先に決まる項目です。
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